今こそ社会政策の拡大を(1/3)2009/04/11 00:37

野村総合研究所主任研究員のリチャード・クー(辜朝明)氏のバランスシート不況論というのはビジネスマンの私には大変納得の行く理論だ。

景気が悪くなればビジネスが本能的に最初にとる行動は「身を縮めて景気がよくなるまで体力を温存する」ことだ[註 1]。新規投資はなるべく控え、在庫を減らし、賃金カットや人員削減も含めコストダウンに励む。こうすることでお金が余ったら、借りていたお金はどんどん銀行に返済する。こうなると政府が金融を緩めたところで、そもそも資金需要が減っているから銀行がお金を貸したくても貸せない。大体民間部門がこの調子で身を縮めていれば新しい需要なんて出っこない。縮小の連鎖が経済全体にも及ぶから、こういうときには政府が官需でガンガン需要を創出していかないと不況になる。クー氏は「こういうときは穴を掘っては埋めるようなことでもよいから政府が公共需要を創出してゆかなければならない」という趣旨のことを言っている。[註 2]

しかし「穴を掘って埋める」というのはあまりにも芸がない話だ。そもそも日本にこれ以上どれだけ道路や鉄道や空港をつくる必要があるのだろう?つくりすぎた道路を壊し、埋めすぎた海岸をまた白砂青松の昔に戻すか?(まあこれは確かに必要な公共工事だとは思うが)

企業の設備投資が低迷し、政府によるハコモノ投資には意義が見出せない、ということであれば後は消費の出動か輸出を増やすしか手がない。後述するように私は「輸出を増やすのはあまり感心しないことだ」という考えだ。従い私の推すのは消費の拡大だ。

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[註 1] 長年企業に勤めている人間の目からするともうひとつ、「組織や人事をいじってみる」というのも最初にとる行動だが、こちらはマクロの経済とはあまり関係ないのでここでは考慮対象外とする。

[註 2] クー氏の立派なところはこの論を日本国内だけで展開するのではなく、著書や海外での講演活動などを通じて海外にも発信しているところだ。ちなみに英国のフィナンシャル・タイムズ紙の経済論説主幹のマーティン・ウルフ氏は論説で数度クー氏の考え方を取り上げており、クー氏の著書The Holy Grail of Macroeconomics(「マクロ経済学の究極の目的」といった意味)をbrilliant book(秀逸な本)と紹介している。

今こそ社会政策の拡大を(2/3)2009/04/11 00:50

「失われた十年」の真っ最中、私は日本の消費が低迷する理由は以下の三つの世代のそれぞれ固有の生活行動に起因する構造的な要因があると見ていた:

1. 資産のある高齢者世代(イメージとしては第二次世界大戦の頃に青年~大人になっていた世代)。元々この世代は「ほしがりません勝つまでは」と言う生活態度が身に染み付いており「孫へのお土産」以外あまり消費の意欲がない。ところが、あろうことかバブル期に金融機関が勧める相続税対策で相当な借金を背負い込んで、その借金返済に追われている。年金も大した金額をもらえているわけではないので、消費どころではない。

2. その高齢者世代の子供の世代である団塊世代~1950年代生まれの層。概ねバブル期以前に住宅を手当てしたので住宅ローン負担がそれほどではないが、リストラ風が吹き荒れる中、将来に対する不安から貯蓄を積み増していて、ゆっくり消費に回す気持ちになれない。

3. 団塊世代の後の世代(概ね1950~60年代前半生まれの層)。バブル期に住宅を手当てしたので資産が相当目減りして、未実現の損を抱え込んでいる。高い不動産を、バブル時代のように収入が増え続ける前提で購入したので住宅ローンの負担が過大になっており、それに子供の教育やらが重なるのでとてもではないが消費に回すようなお金の余裕がない。

「こういう状況なので、これらの人々の不安が取り除かれないと日本の消費は伸びないのではないか」と言うのが当時の私の結論であった。

それから10年近くたった今の状況はどうだろう?私は上記の結論はいまだに有効であると見ている。各世代の生活行動を類型化してみてみよう。

1’. 資産のある高齢者世代の多くは他界している。

2’. 団塊世代は今年度(=2010年3月)中にほぼ全員が定年を迎える。大企業や、もうかっている中小企業の取締役になっている少数の人を除けば「現役」時代に比べ概ね所得が半分以下になっている。所得が半分でも住宅ローンの支払も終わっているし、子供も独立しているのでまずは生活が以前に比べて安定している。しかし老後の生活の心配があるし、場合によっては親から相続した借金をしょっているので、そんなに思い切って消費にお金を回せる状況ではない。しかし、この世代の人口が多いこととあいまって、日本の消費はこの世代の動向次第だ。

3’. 1960年代以降生まれの層は失われた十年の「耐乏生活」を抜け出し、上の方の世代の人の場合は子供も手を離れはじめ、ようやく少し余裕が出てきたところだ。そのタイミングで今回の金融危機に遭遇し「ヤレヤレまたか」と言う感じでいる。しかし彼らは「耐乏生活慣れ」しているので景気の変動に対する生活習慣の対応が早い。日本の消費が急速に冷え込んだ背景には彼らのこのような消費行動があるのではなかろうか?彼らには「日本の社会保障基金の不足」との宣伝が行き届いているので、どうしても老後の生活への心配から貯蓄志向になりがちだ。ただし、このグループは後の方の世代になればなるほど「低金利が当たり前」と思っているので、高金利になったときの備えが不足している可能性がある。

いずれの世代を見回してもあまり消費が伸びるような印象は受けないが、いずれの世代にも共通するキーワードは「老後の生活への心配」だ。1960年代生まれ以降の世代については耐乏生活慣れという要素が付け加わっている。このような不安を取り除かねば日本の消費は伸びない。

耐乏生活を数字で追ってみよう。厚生労働省の「平成18年(2006年)国民生活基礎調査」によれば全世帯の1世帯当たり平均所得金額は664.2万円をつけた1994年以来一貫して落ち続けており最新のデータである2006年には566.8万円まで落ち込んでいる。一人当たりの平均所得金額のほうは1997年に235.7万円をつけて以降一貫して年率1%強で落ち続けており2006年には213.9万円だ。ちなみにこの過去最高レベルの235.7万円に2005年の世帯の人員数2.68人をかけると631.8万円。「平成18年(2006年)国民生活基礎調査」によればこの年収631.8万円に届いていない世帯の数はなんと全世帯の約2/3にも達するのだ!

著名な経営コンサルタントの大前健一氏は「日本人がお金ばかりためて消費しない」ことをしきりに批判している。氏のように超高所得者な人はイザ知らず、このように「普通の人」は自分の将来におびえ消費どころではないのである。ここ数年は天下国家を論じるコメンテーターをしている氏ほどの著名経営コンサルタントがこのような基本的な事実を認識していないことには唖然とせざるを得ない。

水のなるほどクイズ2010