これでアメリカが不況?2009/07/02 15:58

今週はアメリカの南東端のフロリダ州に来ている。「フロリダ州に行く」と言ったら会社の同僚に「ディズニーワールドのそばですか?」ときかれた。大方の日本人には「フロリダ州」というとそんなイメージなのかもしれない。

出張先に行くのに便利なので、およそ業務とは関係ない賭博場に付随するホテルに宿泊することになった。行く前に「おそらくアロハシャツを着たデブデブのおじいちゃん、おばあちゃんの年金生活者がウロウロしてるんだろう」と思っていたら、その予想が6割くらい当たっていた。ざっと見、残り4割くらいのお客は別に年金生活のおじいちゃんおばあちゃんではない現役世代だ。

行きのアメリカの航空会社の朝食のオムレツ。チーズが入っている。何で卵だけにしないんだろう。

月曜の昼過ぎに到着しチェックインしようとしたらチェックインカウンターの横に人の列がある。24時間営業の人気のレストランに入るための列だと言う。ヘェー。

打ち合わせから戻った。ホテルの周りにレストランはないのでホテルの中で食べるかレンタカーで数十分走らないと夕食にありつけない。時差ぼけの頭でラッシュアワーのハイウェーをウロウロするのはいやなのでホテル内のレストランを目指す。先刻のチェックインカウンター脇のレストランの列はいよいよ長くなって待ち時間3時間以上だと言われる。賭博場の周辺にレストランが配置されているが、簡単に食べられそうなところはいずれも長蛇の行列。賭博場ではタップンタップンのおじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんがスロットマシンやカードテーブルにかじりついている。音楽が流れ、スロットマシンのピンポンピンポン言う音がこだまする。これでアメリカが不況?

一番高いレストランにはサッと入れた。出張先の人たちからVery nice place(良いところ)と紹介されていたところだ。ここはステーキハウスで、一番小さいステーキのサイズが16オンス、440gだ。ウッ。ウェートレスに変な顔をされながら生牡蠣とサラダのみ頼む。サラダは野菜一山に白い雪が積もったように削ったチーズがかかっている。いや、ごていねいに野菜と削ったチーズを混ぜてあるので底までチーズが入っている。これではチーズをよけようがない。私はチーズは嫌いではない。しかしすべてのものにあれだけチーズを混ぜ込んだり振りかけたりするのは勘弁してほしいと思う。

皆で食べるためにオニオンリングを頼む。ドーナッツが6、7本積み重なったようなものが出てくる。厚いコロモを取り除くと中から輪切りのタマネギのスライスが出てきた。直径10cm、厚さ5cmくらいに切って外側の層を残して内側の層を取り除いたタマネギにその倍くらいの衣をつけていることがわかる。コロモをよけてタマネギだけ食べているとI can’t believe this!(し~んじられない)と言うウェートレスの声がした。That’s the best part of it that I like!(私が一番好きなところなのに)といってコロモをさしている。こんなの食べていたら太るわけだ。これだけとグラスワイン1杯で$60(約6,000円)。決して安くはないと思う。味?だって頼んだものはほとんど調理していないものなのだから調理人の腕も何もない。

翌朝(火曜朝)7時。チェックインカウンター横のレストラン前の列は消えていたが、朝6時にはまだ列があったそうだ。へぇー結構夜通し賭博やってた人も多いんだ。

その日の夕方、チェックインカウンター前のレストランの列がやや短くなっていたので並んでみたが、あと2時間と言われて断念した。再び思う。これでアメリカは不況?

そのまた翌日(水曜)の夕方。仕事が終わってホテルに戻るとチェックインカウンター前のレストランの列がない。「列ができる前に入っちまえ」とレストランに駆け込む。席に案内してくれるウェートレスにFinally I get to eat here(ようやくここで食べられる)と言ったら、Oh it was all those promotion ticket people(食事の割引券をもってた人たちのせいよ)との返事。なぁ~んだ。賭博場の客寄せのプロモーションでレストランの割引券を配っていたんだ。カジノも大分人が少なくなっていたし、ホテルの部屋に午前様で帰ってくる連中もいなくなった。「やはりアメリカも放っておけばカジノに閑古鳥が鳴くくらいの状態なんだ」と思って妙に安心した。

そしてホテルの駐車場にほとんど高級車がいないことに目が行くようになった。ここは庶民の娯楽場なのだ。その庶民がささやかなお金をスッて、家畜のような量の、チーズをばらまいた食事をして、太って健康障害を起こして(なんとヨロヨロ歩いている人の多いことか)、「どこに行くにも車」のように社会や都市が本質的にエネルギー多消費型に設計されている社会に、日本の経済の回復が依存していることを思うと肌寒くなった。

参考: アメリカの賭博場というと西部のネバダ州のラスベガスとかリノのことを思い浮かべるが、その実アメリカにはいろいろな州に賭博場がある。これは1981年の連邦最高裁判決がインディアン居留地を自治区域として課税や事業の許認可の自由を認めた結果だ。従い多くの賭博場はインディアン居留地内にある。今回宿泊している場所にある賭博場もセミノール族という種族が1982年にお金を張るビンゴ場を経営し始めたのがその始まりだ。

これでアメリカが不況?[追加]2009/07/10 00:51

7/4はアメリカの独立記念日で国の休日だ。今年は7/4が土曜日だったので、7/3が代休だった。7/2の晩から例のチェックイン・カウンター前のレストランに人がズラリと並び始めた。夕方ホテルに戻って部屋の窓からホテルのアプローチの道路を見ると車がズラッと列をなしてのろのろ走っている。また思った、これでアメリカは不況?と。

夕食を食べるレストランに行くため賭博場を横切る。レストランでもないのに人が並んでいる窓口がある。Player’s Clubと書いてある。ここでメンバー登録をするとレストランが割引になるなどの特典がある由。そういえば7/2朝にチェックインカウンター前のレストランに朝食を食べに行ったら入り口にPlayer’s Specialと言うセットの案内があったことを思い出した。トースト2枚、長さ15センチ厚さ1センチほどのステーキ、卵二個、ポテトフライとコーヒー飲み放題でPlayer’s Clubメンバーなら$5.99、非メンバーなら$9.99(要するに私がPlayer's Specialをとって食べたということです)。これでは名古屋のモーニングセット顔負けですね。ステーキは日本の上級ビフテキ定食級のサイズだし、結構うまい肉を使っている。「なるほどいろいろ客寄せの手口を使っているんだ」とは思ったが、その手口にのってセッセと消費に励むアメリカ人の消費意欲は不況でも旺盛と見た。

帰国してから、失職して日本を去る金融業界に勤める知人のアメリカ人の送別会に出席した。アメリカ出張時の印象を話したらNobody who comes from the States can believe Japan is in a recession when they come here(東京に来たアメリカ人だって日本が不況だと言っても誰も信じないよ)と逆襲された。東京とアメリカの田舎町を同じ平面で比較するのはおかしいと指摘するとFlorida is a rich part of the States(フロリダは裕福なんだ)と再度逆襲。まあこうやってパーティーの会話が続いてゆくんですね。

その人によれば在日のアメリカ人の数は確実に減少しているという。この不況は表層的な消費の姿からよりも、消費の単位や商品の単価、滞日中の外国人の数とかいった、もう一段深いレベルで計るべき種類のものなのかもしれない。

消費者庁に望むこと2009/07/22 23:47

明治以来日本の行政は概ね富国強兵、殖産興業に資するような施策をとってきた。近年多少の方向転換が認められるにしても、日本の消費者はこれまでは一貫してないがしろにされてきたといって良いと思う。

しかしこれまで軍需や設備投資や輸出に引っ張られてきた日本の経済成長も、ここに来て国民生活を犠牲にした経済成長の弊がようやく語られるようになり、国内消費で経済成長を牽引することの重要性が多少は認識されるようになってきているのではなかろうか。

不評だった短命の福田内閣もひとつだけ良いことをした。このような国民経済の流れを助けるため、消費者庁のの創設を2008年1月18日の施政方針演説で明らかにしたことである。その消費者庁が今秋ようやく設立される。

消費者庁がモノではなく、ソフトに関連する分野で取組むべきいくつかのテーマを考えてみたい。

1. 「世界の常識」といわれることでも競争制限的なことには敢然と立ち向かってほしい

古いテレビ番組や映画をビデオで見ていた時代。テレビの放送規格が同じだったのでアメリカ製のビデオは日本で見れた。日本とアメリカとカナダ以外の国はほとんどPALという放送規格を使っている。ヨーロッパのビデオを見ようとすると、PAL規格の信号を日本やアメリカで使っているNTSC規格の信号に変えるコンバーターをつける必要がある。テレビの放送信号がことなるのは、カラーテレビの草創期にヨーロッパが先行するアメリカと対抗する送信方式を採用したからだ。

DVD時代の今、PAL/NTSCに加え更にもうひとつフィルターがついた。

DVDの世界では世界は4つのRegion(地域)に分けられている(ちなみに現在徐々に販売が進んでいるブルーレイの場合は世界は3つのRegionに分けられている)。アメリカはRegion 1で日本とヨーロッパはRegion 2だ。映画のDVDにはおおむねこのRegion Code(地域信号)と言う固有の信号が仕込まれていて、DVDプレーヤーはまずその信号を読み込んでから再生を開始する。アメリカのDVDを日本で販売されているプレーヤーで再生しようとするとDVDに仕込まれているRegion codeのせいでRegionが違うことを機械が感知して再生できない。どうしても再生したければアメリカで売っているDVDプレーヤーを買ってくるしかない。

つまりDVDの時代になってビデオの時代に比べソフトを世界中でシェアする能力が更に制限されたわけだ。今はユビキタスの時代(ウィキペディアの定義によれば「『いつでも、どこでも、だれでも』が恩恵を受けることができるインタフェース、環境、技術のこと」)といわれるが、こと映像や音楽ソフトに関しては完全に逆行している。

この背景にはソフトの出し方を地域別に制限することによって製品寿命を延長し収益をあげる機会を増加させようとする世界の映像や音楽ソフトの事業者の意図が働いている。この事業者の意図に再生機器のメーカーが応じているわけだ。別に国の法律でRegionが定められているわけではないので、ソフト側と機器のメーカー側が私人間の契約を結んでRegionを消費者に押しつけているだけだ。こういうことは競争を不当に制限していることにならないか?

消費者庁にはこのDVDのRegion問題は消費者に不利益をもたらす競争制限だとして、日本国内で販売されるDVDプレーヤーについてはリージョンコードをつけることを非合法化するくらいの見識を期待したい(ちなみにWikipediaによればオーストラリアやニュージーランドの独禁法当局はこのような見解を取っている由である)。

2. 内外価格差を積極的に駆除してほしい

2.1 日本の音楽ソフトの逆輸入を認める

映像や音楽ソフトの作成にはコストがかかる。無償コピーはそのコストの回収や利益を妨げる行為なので規制する必要がある。この論理は納得である。しかし、無償コピーがご法度と言うことはむやみに高いものを自国の消費者に売りつけることを合理化はしない。

これにまるで逆行した格好なのが日本の音楽著作権協会だ。そもそも1ドル360円の時代から日本では同じ曲ののっているレコードでも海外より高く販売されてきた。いわゆる内外価格差というやつだ。10数年前くらいまでは日本のメーカーが作るものでMade in Japanのレッテルを貼って輸出されているものの海外での値段と国内での値段を調べると当たり前のように同じ物の海外向の値段が安かった。

さすがに最近我々の目にする自動車や電子機器でこういうことはなくなってきた。

ところが音楽ソフトの世界ではこれが露骨に継続している。日本から輸出される日本の音楽ソフトをのせたCD。海外では同じ曲でもはるかに安く販売されている。海賊版の話ではない、正規の輸入版の話だ。これが可能になるのは輸出する際国内向けに出荷する価格よりはるかに安い値段がついているからだ。そのせいで海外で安く販売されているCDを輸入してきて日本で売るという商売が十分成り立つ。ところが音楽著作権協会は政府に働きかけて立法措置でこれを阻止する動きに出た。機械やソフトを操作して再生不能にするのではなく、法律で輸入禁止にすることを要求したわけだ。

自国の消費者にむやみに高いものを売りつけることでしか存続できないような産業には存続の資格はない。

2.2 アップルのiTune価格をせめて欧州並みに

音楽著作権協会のようなことをやっていると外国の会社に足元を見られる。

音楽ソフトをダウンロードするとき。アメリカのアップルのウェブサイトに行けば概ね一曲0.99米ドルだ。日本では同じアップルの日本のサイトからで一曲150円、イギリスなら一曲0.79ポンド、ユーロ圏なら一曲0.99ユーロ。今の為替レートで言うと、アメリカが一曲95円、イギリスが一曲122円、ユーロ圏が一曲132円。日本が一番高い。シャクにさわるのでアメリカのiTuneサイトに行っても日本からアクセスした場合ダウンロードできないように細工がしてある。

実はこの問題については2004年にイギリスのOffice of Fair Trading(日本の公正取引委員会に相当する政府機関)が「これは同じユーロ圏内での価格差ではないか」といって欧州委員会に提訴している(消費者庁ができるのを待たなくても、日本の公正取引委員会だってその気になればやれたはずだ)。当時の為替レートで言うとアメリカが一曲102円、イギリスが一曲155円、ユーロ圏が一曲136円、確かにイギリスが一番高かった。2008年まで抵抗したアップルは結局折れ、2008年1月に欧州委員会のKroes(クロース)競争担当理事が

The Commission is very much in favour of solutions which allows consumers to benefit from a truly Single Market for music downloads [欧州]委員会は消費者が音楽をダウンロードする際、真の単一市場の利益を享受できるような措置を強く支持するものである

と言う声明を発表して手打ちとなった。日本の消費者庁にもこれくらいの声明を出してアップルを追求する姿勢を期待したい。

もっともその後の為替レートの変動に伴い、イギリスの一曲GBP0.79には手付かずしまいだが。

尚、最近ヨーロッパを中心として音楽や映像の著作権に関する考え方が流動化し始めている。これはpeer to peer(P2P)技術の出現、なかんずくその一環としてBitTorrent
http://www.bittorrent.com/ という技術を使うことでインターネットを介して不特定の個人間で音楽や映像ソフトの共有が非常に容易になってきているため、旧来の著作権法の適用が難しくなってきているからだ。今年の4月にスウェーデンの地方裁判所がBitTorrentを使った音楽や映像の流通サイトThe Pirate Bay
http://thepiratebay.org/ の主宰者に対する有罪判決を言い渡したが、主催者たちは上告すると共にPirate Party(海賊党)という政党を立ち上げ、欧州議会選挙に打って出た同党候補者1名がMEP(欧州議会議員)に当選している。

消費者庁の関係者にもこのような著作権流動化の動きを十分理解しておいてもらいたいものだ。

西ヨーロッパにて2009/07/27 22:21

西ヨーロッパの空港に着陸する前に近づいてくる地上を見ると、日本と大きく違う点は「都市・町」と「畑や森」の部分が判然と分かれていることだ。「建物の数が徐々に増えて、緑が少なくなってそしていつの間にか『都市・町』になる」日本とは違う。「都市・町」と「畑や森」にはそれぞれ明白に異なる論理や秩序があり、その秩序に基づいて西ヨーロッパの地形が形成されているのが空から見る土地の姿に表れている。

地上で見ればそれはいっそう明白だ。汽車やバスで西ヨーロッパを通過していれば、日本のようになんとなく家の数が増えていって町になるということがなく、ずっと畑や森の中を走っていて突然町に入る。

私は大学では経済史のゼミに在籍していた。指導教授は西洋近代経済史が専攻で、如何に西ヨーロッパの、なかんずくイギリスの近代化が歴史上実現しえたのか、と言う点についてはマックス・ウェーバーの考え方を基礎とした明白な考え方をもっていて、私も少なからずその影響を受けた。従い、上記のような目で西ヨーロッパの地形を見るのは或いは日本人としては特殊なものなのかもしれない。事実大方の日本人にそのことを指摘してもピンと来る人は少ない。「日本がそうなるのは耕地が少ないからでしょう」とかいったピントはずれな反応をされるのがオチだ。

しかし少し勉強すれば、ヨーロッパの行政組織や土地の利用に関する法律をみれば、歴史的な背景もあって明白に「都市・町」と「畑や森」が分かれて組織され、規制されていることがわかるし、それがヨーロッパの人々の考え方に根付いていることがわかる。この現象にはそれなりの理由があるのだ。

このような考え方の結果形成されていった「都市・町」には強い自治の観念があり、その自治精神の現われが美しいベニスをもたらした、というのは’60年代に一世を風靡した羽仁五郎氏の著作「都市の論理」の説明だが、現在の状況はいささか異なる。と言うのは西ヨーロッパの地方自治体選挙の投票率ははかばかしいものではなく、お世辞にも都市の住民が地方自治に強い参加意識を持っているとは思えないからである。

以前その点をあるイギリスの市長に尋ねたら「自分もcivic pride(都市住民としての誇り)と地方自治への関心がどうして両立しないのか不思議に思うが、地方自治とは家の前の道路の補修とか、ゴミの回収とか、誰が担当していてもやらなければならないサービスの集積なので、住民の地方自治への参加意識が低いのだと納得している」といった趣旨の回答を得たことがある。

むしろ西ヨーロッパの「都市・町」と「畑や森」の形が維持できているのはこれを維持する制度が存在していることと、その制度を社会の一つの前提として考える人々の意識が存在しているからだと考えるべきであろう。

ところで現在の西ヨーロッパには合法、非合法の移民や外国人労働者が多数入り込んでいる。西ヨーロッパの大都会でなくても良い、地方の中小都市で良い。街を歩いてみれば人の肌の色や髪の色が日本の都市よりはるかに多様であることに気がつくだろう。このような人々を受け入れ、その一部が合法的な移民として、国籍も取得して西ヨーロッパの社会に組み込まれているのだ。彼らの多くは当然異なる「都市・町」や「畑や森」の論理を持っている。彼らの数が少ないときは西ヨーロッパの「都市・町」と「畑や森」を峻別する論理は変わらないだろう。しかし、そのような彼らの数が増えてくるとそうは行かない。その際、西ヨーロッパの「都市・町」と「畑や森」を峻別する論理は当然変容せざるを得ない。そのような変容を経た後の、我々の子孫の頃の西ヨーロッパの「都市・町」や「畑や森」はどうなるのだろうか?

先般の西ヨーロッパに出張した際そういうことを着陸予定地の上空を旋回する飛行機の中で考えていた。

スリランカのタミル人難民の状況について2009/07/27 22:37

[この記事を読む前に、この問題について書いた以下の記事をあらかじめ読んでおいていただければ幸甚です]

スリランカのこれから
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/22/4259902
スリランカ政府の戦勝に当たって
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/05/20/4314398



スリランカ北部のタミル人難民キャンプに一時避難している人たちを、彼らの元の居住地に戻すresettlement(復帰作業)が遅々として進んでいない。最近の報道によればラジャパクサ大統領は遅れに対して

<難民の中に隠れているLTTE関係者の峻別作業に注意を要するからだが、年内には復帰作業が完了する>

と説明している。

これを読んでいると、先般のイギリス出張で出席したある国際的な会合で出会ったスリランカ政府高官(シンハラ人)氏との会話を思い出した。会合が一段落した際の懇談会でお互いビールやつまみを片手にしながらの会話だ。彼の名刺を見ると勤務先はタミル人のスリランカ社会復帰に関係する立場にあるようだ。

高官氏からひとしきりLTTE支配地域におけるタミル人の社会復帰のシステムについて説明があってからの会話:

私: LTTE支配地域から出てきたタミル人のうちで、戦闘員と非戦闘員をどうやって峻別するのですか?(これは「避難民が難民キャンプにたどり着くと一部の避難民が問答無用で別のキャンプに連れ去られ行方が知れなくなる」という欧米の人道援助機関の批判を意識した質問)

高官氏: 我々にはシステムがあります。避難民をLTTEトップ層、Middle level(中間層)、Footsoldiers(歩兵レベル)、General public(一般市民)に峻別し、トップ層は法的措置の対象となり、中間層と歩兵レベルは別なキャンプに送ってdebriefing(情報聴取)のうえreeducation(再教育)を施します。

私: しかしトップ層は今回の戦闘ですべて死亡しているのではないですか。

高官氏: 確かにそのとおりです、マレーシアに逃げている1名を除いて。

私: どうやって中間層や歩兵レベルを峻別するのですか?

高官氏: 既に捕まっているLTTEの戦闘員がいます。彼らから同志の名前を聞いており、それに基づいて避難民の中からピックアップするのです(タミル人には姓がない。また名前は神様の名前を使っているので同じ名前になりやすい。同名の人物の場合は良い迷惑だ。大体人は拷問を受けたりすれば、親兄弟でも名指しにすることが多い)。

私: 一定のシステムに基づいて戦闘員を峻別していることはわかりました。ただ、社会復帰は大変な作業ですね。

高官氏: まったくそのとおりです。しかし私はthe victor has to be humble(勝者は謙虚でならなければならない)と考えています。集会などで発言する機会があるときはその趣旨の話をしています[ここで高官氏はパーリ語仏典の一説を暗誦した。「すべての相手に対して慈悲の心を持ってあたれ」と言う趣旨の内容だそうだ。教育のあるスリランカの仏教徒はこのようにサッとパーリ語仏典からお経の言葉を引用できる]。

私: それは同じ仏教徒としてまったく同感なのですが、スリランカ仏教界はそのような考えを持っていないのではないでしょうか。

高官氏: まったくそのとおりで困ったものです。仏陀は寛容や慈悲を教えているのですが、タミル人に対しては仏教界の長老からはまったく寛容とか慈悲とかいった声が聞こえてきません。どうしてそうなのか私にもわかりかねます。

私: 教育のない人たちは仏僧の説法を聞いて動かされるでしょうね。

高官氏: そのとおりなのです。

タミル人避難民に関する会話はこれ以上続かなかった。

水のなるほどクイズ2010