消費者庁に望むこと2009/07/22 23:47

明治以来日本の行政は概ね富国強兵、殖産興業に資するような施策をとってきた。近年多少の方向転換が認められるにしても、日本の消費者はこれまでは一貫してないがしろにされてきたといって良いと思う。

しかしこれまで軍需や設備投資や輸出に引っ張られてきた日本の経済成長も、ここに来て国民生活を犠牲にした経済成長の弊がようやく語られるようになり、国内消費で経済成長を牽引することの重要性が多少は認識されるようになってきているのではなかろうか。

不評だった短命の福田内閣もひとつだけ良いことをした。このような国民経済の流れを助けるため、消費者庁のの創設を2008年1月18日の施政方針演説で明らかにしたことである。その消費者庁が今秋ようやく設立される。

消費者庁がモノではなく、ソフトに関連する分野で取組むべきいくつかのテーマを考えてみたい。

1. 「世界の常識」といわれることでも競争制限的なことには敢然と立ち向かってほしい

古いテレビ番組や映画をビデオで見ていた時代。テレビの放送規格が同じだったのでアメリカ製のビデオは日本で見れた。日本とアメリカとカナダ以外の国はほとんどPALという放送規格を使っている。ヨーロッパのビデオを見ようとすると、PAL規格の信号を日本やアメリカで使っているNTSC規格の信号に変えるコンバーターをつける必要がある。テレビの放送信号がことなるのは、カラーテレビの草創期にヨーロッパが先行するアメリカと対抗する送信方式を採用したからだ。

DVD時代の今、PAL/NTSCに加え更にもうひとつフィルターがついた。

DVDの世界では世界は4つのRegion(地域)に分けられている(ちなみに現在徐々に販売が進んでいるブルーレイの場合は世界は3つのRegionに分けられている)。アメリカはRegion 1で日本とヨーロッパはRegion 2だ。映画のDVDにはおおむねこのRegion Code(地域信号)と言う固有の信号が仕込まれていて、DVDプレーヤーはまずその信号を読み込んでから再生を開始する。アメリカのDVDを日本で販売されているプレーヤーで再生しようとするとDVDに仕込まれているRegion codeのせいでRegionが違うことを機械が感知して再生できない。どうしても再生したければアメリカで売っているDVDプレーヤーを買ってくるしかない。

つまりDVDの時代になってビデオの時代に比べソフトを世界中でシェアする能力が更に制限されたわけだ。今はユビキタスの時代(ウィキペディアの定義によれば「『いつでも、どこでも、だれでも』が恩恵を受けることができるインタフェース、環境、技術のこと」)といわれるが、こと映像や音楽ソフトに関しては完全に逆行している。

この背景にはソフトの出し方を地域別に制限することによって製品寿命を延長し収益をあげる機会を増加させようとする世界の映像や音楽ソフトの事業者の意図が働いている。この事業者の意図に再生機器のメーカーが応じているわけだ。別に国の法律でRegionが定められているわけではないので、ソフト側と機器のメーカー側が私人間の契約を結んでRegionを消費者に押しつけているだけだ。こういうことは競争を不当に制限していることにならないか?

消費者庁にはこのDVDのRegion問題は消費者に不利益をもたらす競争制限だとして、日本国内で販売されるDVDプレーヤーについてはリージョンコードをつけることを非合法化するくらいの見識を期待したい(ちなみにWikipediaによればオーストラリアやニュージーランドの独禁法当局はこのような見解を取っている由である)。

2. 内外価格差を積極的に駆除してほしい

2.1 日本の音楽ソフトの逆輸入を認める

映像や音楽ソフトの作成にはコストがかかる。無償コピーはそのコストの回収や利益を妨げる行為なので規制する必要がある。この論理は納得である。しかし、無償コピーがご法度と言うことはむやみに高いものを自国の消費者に売りつけることを合理化はしない。

これにまるで逆行した格好なのが日本の音楽著作権協会だ。そもそも1ドル360円の時代から日本では同じ曲ののっているレコードでも海外より高く販売されてきた。いわゆる内外価格差というやつだ。10数年前くらいまでは日本のメーカーが作るものでMade in Japanのレッテルを貼って輸出されているものの海外での値段と国内での値段を調べると当たり前のように同じ物の海外向の値段が安かった。

さすがに最近我々の目にする自動車や電子機器でこういうことはなくなってきた。

ところが音楽ソフトの世界ではこれが露骨に継続している。日本から輸出される日本の音楽ソフトをのせたCD。海外では同じ曲でもはるかに安く販売されている。海賊版の話ではない、正規の輸入版の話だ。これが可能になるのは輸出する際国内向けに出荷する価格よりはるかに安い値段がついているからだ。そのせいで海外で安く販売されているCDを輸入してきて日本で売るという商売が十分成り立つ。ところが音楽著作権協会は政府に働きかけて立法措置でこれを阻止する動きに出た。機械やソフトを操作して再生不能にするのではなく、法律で輸入禁止にすることを要求したわけだ。

自国の消費者にむやみに高いものを売りつけることでしか存続できないような産業には存続の資格はない。

2.2 アップルのiTune価格をせめて欧州並みに

音楽著作権協会のようなことをやっていると外国の会社に足元を見られる。

音楽ソフトをダウンロードするとき。アメリカのアップルのウェブサイトに行けば概ね一曲0.99米ドルだ。日本では同じアップルの日本のサイトからで一曲150円、イギリスなら一曲0.79ポンド、ユーロ圏なら一曲0.99ユーロ。今の為替レートで言うと、アメリカが一曲95円、イギリスが一曲122円、ユーロ圏が一曲132円。日本が一番高い。シャクにさわるのでアメリカのiTuneサイトに行っても日本からアクセスした場合ダウンロードできないように細工がしてある。

実はこの問題については2004年にイギリスのOffice of Fair Trading(日本の公正取引委員会に相当する政府機関)が「これは同じユーロ圏内での価格差ではないか」といって欧州委員会に提訴している(消費者庁ができるのを待たなくても、日本の公正取引委員会だってその気になればやれたはずだ)。当時の為替レートで言うとアメリカが一曲102円、イギリスが一曲155円、ユーロ圏が一曲136円、確かにイギリスが一番高かった。2008年まで抵抗したアップルは結局折れ、2008年1月に欧州委員会のKroes(クロース)競争担当理事が

The Commission is very much in favour of solutions which allows consumers to benefit from a truly Single Market for music downloads [欧州]委員会は消費者が音楽をダウンロードする際、真の単一市場の利益を享受できるような措置を強く支持するものである

と言う声明を発表して手打ちとなった。日本の消費者庁にもこれくらいの声明を出してアップルを追求する姿勢を期待したい。

もっともその後の為替レートの変動に伴い、イギリスの一曲GBP0.79には手付かずしまいだが。

尚、最近ヨーロッパを中心として音楽や映像の著作権に関する考え方が流動化し始めている。これはpeer to peer(P2P)技術の出現、なかんずくその一環としてBitTorrent
http://www.bittorrent.com/ という技術を使うことでインターネットを介して不特定の個人間で音楽や映像ソフトの共有が非常に容易になってきているため、旧来の著作権法の適用が難しくなってきているからだ。今年の4月にスウェーデンの地方裁判所がBitTorrentを使った音楽や映像の流通サイトThe Pirate Bay
http://thepiratebay.org/ の主宰者に対する有罪判決を言い渡したが、主催者たちは上告すると共にPirate Party(海賊党)という政党を立ち上げ、欧州議会選挙に打って出た同党候補者1名がMEP(欧州議会議員)に当選している。

消費者庁の関係者にもこのような著作権流動化の動きを十分理解しておいてもらいたいものだ。

水のなるほどクイズ2010