一歩譲って相手の成長を待つ2009/08/05 21:15

本年4月~5月にかけて実施された総選挙に勝利して順風満帆のように見えたインドのマンモハン・シン首相だが、エジプトのシャルム・エル・シェイクで開催された非同盟諸国会議に出席した際7/16にパキスタンのユスフ・ギラニ首相と会談して発表した共同声明に足をすくわれることになった。Lok Sabha(下院)では野党BJPが審議拒否をして退出する事態になったし与党内部にも不協和音が響いている。

インドやパキスタン以外ではあまり報道されていないが、この共同声明はマンモハン・シン首相が「インドが譲った」内容に同意することで不安定なパキスタンの現政権の安定を図った、つまりはインドが南アジアの盟主として自分の納得できる形でのこの地域の安定をはかるため、目先の体裁を超える行動をとった好例だといえるので少し解説をしてみたい。

共同声明の内容は大きく言って二点でインド側が譲歩している。

第一点:

昨年11/26、パキスタンのテロリストがインドの商都ムンバイに上陸し高級ホテルや病院、ターミナル駅を三日にわたり攻撃して500人近くの死傷者出したことは記憶に新しい。インドは対抗措置としてパキスタンとのComposite Dialogue(包括的な対話)を

(1) ムンバイ攻撃に関係したテロリストを裁くこと(bring the perpetrators to justice)

(2) パキスタン国内にあるテロの構造が解体されるよう明快かつ継続的な措置を講じること(take credible and sustained measures to dismantle the infrastructure of terrorism in Pakistan)

の2条件を満たすまでは停止するとしていた。ところが今回の共同声明では

Action on terrorism should not be linked to the Composite Dialogue process(テロに対する行動は包括的な対話とは結び付けられることなく)and these should not be bracketed(それらは別扱いにされるべきではない)

とされ、包括的な対話とパキスタン国内のテロの構造の解体が切り離された格好になっている。

共同声明の「それら」の意図することが「テロに対する行動」であれば本文は「包括的な対話の推進状況にかかわらずテロに対する行動は遂行される」との内容を持っていると読めるのでまだしもだが、「それら」の意図するところが「包括的な対話」であれば本文は「包括的な対話はテロに対する行動の遂行とは無関係に推進される」との内容を持っていることになる。このような解釈の余地を残したことはインド側の立場が一歩軟化したと解釈すべきだろう。インド国内での共同声明への反発はこの点を突いている。

しかし包括対話再開条件のうち(1)はいざ知らず、(2)は「パキスタンはfailed stateか?(2/2)
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/15/4245648
でも書いたような事情で「パキスタン軍の情報組織を解体しろ」と言っているようなものだ。この条件に拘泥している限り印パ間の包括対話などストップしたままだ。「Failed stateのパキスタン相手に包括対話をする意味などあるのか」と言う議論をとらず「パキスタン国内のイスラム過激派の跋扈を良しとしない国論の育成を図るのがこの地域の安定を推進する」と言う立場にたつなら、この譲歩は必要であったというべきだろう。共同声明にはPrime Minister Singh reiterated India's interest in a stable, democratic, Islamic Republic of Pakistan(シン首相はパキスタン・イスラム共和国が安定した民主的な国家であることにインドが関心をもっている旨再度表明した)との一文があるが、この一文はインドが後者に賭けたことの証左だ。

マンモハン・シン首相の選択を日本に置き換えれば、北朝鮮との関係において日本が拉致問題と国交問題を切り離す選択をしたようなものだ。

第二点:

Prime Minister Gilani mentioned that Pakistan has some information on threats in Balochistan and other areas.(ギラニ首相はパキスタンがバロチスタンその他の地方の脅威に関するいくつかの情報を持っていると表明した)の部分だ。

バロチスタン(バルチスタンともいう)はパキスタン西部の開発の遅れた砂漠地帯だが、ここは天然ガスなどの資源が豊富だ。そこに住むバロチ人(バルチ人とも言う)がパキスタンの中央政府に対して継続的に独立戦争を展開している。バロチ人の言い分は自分たちの住む地域の資源が中央政府によってパキスタンの他の地域に持ってゆかれているというもので、これは中国のウイグル人が「漢民族は自分たちの資源を奪っている」と言っているのと同じものだ。

パキスタンは以前からバルチ人の独立闘争の資金はインドの対外諜報機関であるResearch and Analysis Wing (RAW) が提供しているとしており、今回の共同声明はパキスタンの首相がこのことを婉曲にインドの首相に指摘したことを確認していると言うわけだ。RAWがバロチスタンで活動していること自体は十分ありうる話だが、カシミールにおけるパキスタンの諜報機関ISIの活動のような形でRAWの尻尾がつかまれたことはない。

インド側には証拠もあるのだからPrime Minister Singh indicated that India has numerous information on threats in Kashmir and other areas(シン首相はインドはカシミール及びその他の地域の脅威について多数の情報を有していると表明した)と言う一文を共同声明に残せなかったのだろうか?このあたりもパキスタンの崩壊を食い止めたいインドが「譲った」部分なのかもしれない。

話は飛ぶが最近アメリカのオバマ大統領が国民皆保険問題でつまずいている。国民皆保険問題についてはクリントン元大統領もつまずき、結局断念し、それが彼の政権にとって相当のダメージになっている。アメリカの健康保険問題はつまるところ「医療保険業界と医師会からたっぷり政治献金を得ている議員が多いため、国民皆保険の推進についての議会の意見がまとまらない」ことがその背景にある。オバマ大統領は政権公約として国民皆保険を打ち出しており、事態を乗り切れるかどうかオバマ大統領の統治能力が問われているのだ。今回のクリントン前大統領の北朝鮮訪問の意義はこのような背景の中でも読まれるべきではないかと考えている。

翻ってインド。マンモハン・シン首相は当面の国内世論の沸騰にどんな手を打つのだろう?パキスタンの牢獄に何十年もつながれているRAWの諜報員の救出劇でも演じるのだろうか?

補足: 「パキスタンはfailed stateか?(2/2)」でパキスタンにはISIと言う情報機関があると書いたが、対応するインドの組織がこのRAWだ。RAWは1968年に組織された対外諜報をつかさどる組織で、その長官は内閣府でSecretary (Research)(調査担当次官)と言うポジションを持ち、首相との間で直接の受命報告の関係にある。ISIは軍の機関なので長官も軍人だが、RAWは文民統制が実施されており長官はIAS(インド高等文官)またはIPS(インド高等警察官)出身の官僚だ。

選択と集中2009/08/09 08:57

ほとんど破産寸前の企業がある。創業者の長男である現社長はワンマンでまわりを子飼いで固めている。社員は皆タコ部屋に居住している。社内には「保全部」という社長直属の組織があり、社長に歯向かおうとか、会社を辞めようとか言う従業員は保全部員が暴力で押さえつける。会社を抜けるのは命がけの夜逃げしかない。

社長は何としてでも安心立命し子供に事業を継がせたい。しかし「他社との差別化ができる商品」なんてものをつくっているわけでもないので、売り上げがたたず、資金繰りも悪いので偽札や偽タバコや覚醒剤をこっそり作ってしのいでいる。このままでは安心立命はおろか円滑な事業継承など到底おぼつかない。当面資金繰りがつけば何とか回るのだが、資金繰りをよくするにはメーンバンクからの融資が必要だ。

当然のことだがメーンバンクはお荷物になっているこんな会社の融資には応じてくれない。そればかりか「これ以上オタクの資金需要に対応するには協調融資をする必要がある」とかいってシンジケート団(シ団)を組成して融資の話はシ団にふってしまった。シ団と融資交渉をしてもシ団内部の意見がナカナカまとまらないのでラチが明かない。しょうがないのでメーンバンクの関心を引こうと知人の右翼に頼んでメーンバンク前に街宣車を走らせて見たが、メーンバンクの役員が「だだっこみたいだ」といった以外の反応がない。たまりかねてメーンバンクの少しトロイ元役員が社長をやっている広告会社の社員を「新商品を発表するので」と釣って、ノコノコ会社に来たところを「企業秘密を盗みに来たと」いって監禁した。

中国系アメリカ人のLaura Ling と韓国系アメリカ人のEuna Lee両記者が中朝国境で北朝鮮側に捕縛され、北朝鮮における裁判で12年間の労働強化刑を宣告されるまでの経緯を、北朝鮮を会社に見立てた寓話で解説するとこんなことになる。二人の捕縛の過程の報道を読む限り、二人は中朝国境で北朝鮮側の工作にハメられてつかまった、つまりは実質的に拉致被害にあったといって差し支えない。

今回の解放劇は、ミサイルを打っても「だだっこみたい」程度の反応しか出てこなかったアメリカから、捕縛した二人の記者の解放をネタにして、北朝鮮がヒラリー・クリントン現国務長官の夫であるクリントン元大統領との会談をとりつけたという構図だ。

先の寓話に即して解説すれば「結局メーンバンクの前社長が間に入ってとりなして広告会社の社員は無事解放された」ということになる。

来朝したクリントン元大統領とサシで3時間もしゃべったと言うのだから、「将軍様」の頭の中の費用対効果は効果が費用を大きく上回って大成功というところだろう。

しかしこんなメチャクチャを野放しにしておいてよいのだろうか?

更に北朝鮮を企業に見立てた話をしよう。

「選択と集中」とは企業が自分のcore competence(コア・コンピテンス、基本的な強み)を認識し、取組み対象となるさまざまな案件の中からcore competenceのある分野に経営資源を注ぐことだ。ここ10年近くアメリカ発の経営学で推奨されている企業行動である。

「将軍様」の行動をこの「選択と集中」の視点から見てみると納得が行く。

北朝鮮にまだ南北朝鮮統一に資源を割く余裕があった時期、経営資源を戦争(朝鮮戦争)や韓国に対するテロ(ビルマのアウンサン廟爆破、大韓航空機爆破事件等)に注いだりした。しかしそんな余裕もなくなってきたので当面集中するのはサバイバルだ。

サバイバルの第一歩は38度線で対峙する世界最強国のアメリカに自分の言い分を直に訴えることだ(と将軍様が判断した)。それを実現するため、拉致して裁判にかけて労働強化刑を宣告しておきながら、強制収容所送りではなく招待所で軟禁しておいた二人の記者に「クリントン元大統領が来ないと私たちは助からない」と7月頃に家族に対する電話で伝えさせた。

考えましたねぇ。

社会にはおのずとルールがあるので、前の寓話で紹介したような企業は一昔前ならいざ知らず、今はほぼ存在できない。国際社会にも企業を取り巻く法制に比べればゆるいがおのずとルールがある。Failed stateなら国の体制が崩壊しているので国際社会のルールを守れない言い訳が立つが、北朝鮮はfailed stateではない。将軍様の統制がガチガチに行き届いた全体主義国家だ。ルールを踏みにじるのは国の意思だ。そんな国際社会のルールにおかまいなしな国のことをrogue state(ならず者国家)という。

北朝鮮のcore competenceはと言えば、将軍様が「やれ」といったことはおかまいなしに何でも実現してしまう将軍様の意向次第で自在に動く国家体制だ。

将軍様が存在する限り、そして金一家が北朝鮮を牛耳っている限り、北朝鮮がそのサバイバルのため常識では考えられない行動に打って出るリスクは覚悟しなければならない。今のままの北朝鮮は世界の不安定要因だ。我々はそのような政権が至近距離に存在していることを片時も忘れてはならない。

ジョージ・W・ブッシュ政権時代、アメリカはその外交政策にaxis of evil(悪の枢軸)とかrogue states(ならず者国家)とかdecapitate(斬首)と言った派手な表現を用い、国際社会の取決めを無視するunilateralismに走った。その過程で中東における不安定要素であるイラクのサッダム・ホセイン政権と、世界にイスラム原理主義テロを撒き散らすアフガニスタンのタリバン政権を倒した。私は原則としてアメリカのunilateralismに賛同するものではない。ガキ大将による秩序の維持は所詮ガキ大将の都合によってのみ維持される秩序であって、公正さに欠けるからだ。

しかし中東を知る者として、有数の石油資源を持ちそれを使って中東の盟主たらんとする野心満々のサッダム・ホセインと、国全体をイスラム過激派を増殖する基地にしていたタリバン政権とは、この地域の不安定要因であり、そのお取りつぶしは必須だったと思う。従い私はアメリカが選択した「サッダム政権とタリバン政権を粉砕する」という道自体は、介入時期や戦後処理の方法についてより深い詳細な検討の後行動を起こすべきであったとは思うが、正しかったと思う。

北朝鮮は常識で取組める相手ではない。日本の、いや世界の外交は、北朝鮮の体制変換を実現するという政策を選択し、そこに行動を集中をさせるべきなのではなかろうか?

Ambani(アンバニ)一族物語 (1/2)2009/08/15 04:54

インド亜大陸の人達はおしゃべりが好きだ。親類縁者は言うに及ばず、友人知人、会社の同僚、果ては友達の友達が何かと言うと集まって会話に興じる。このような会話の中で、公式用語で言えば社外秘的な話がよく登場する。彼らと話をしていてjust between you and me(ここだけの話だけれども)といって話をきかされたことが何度あったか知らない。こういうことだから情報がよくもれる。ただうまくしたもので、人の輪には通常限界があり、情報も通常はその輪の中にとどまる。従い情報通になるにはいくつもの輪に入っていないとだめだ。

インド最大の企業であるReliance Industries Limited (RIL)の創始者である故Dhirubhai Ambani(ディルバイ・アンバニ)はあくなき事業欲と、その実現に必要な友人知人のサークルの開拓にその一生を費やし一代でリライアンス・グループをインド有数の財閥に育て上げた立志伝中の人物だ。尚、現在のRILはディルバイが始めたReliance名を冠するさまざまな事業の一部をまとめたもので、規模感でいうと2008年度売上1.46兆ルピーで純利益1561億ルピー(インドの会計年度は日本と同じ4月~翌年3月)、それぞれ2.75兆円と2934億円だ。2007年度の売上が1.4兆ルピーで純利益が1946億ルピー、それぞれ3.47兆円と4843億円。新日本製鉄の純利益は2008年度が1551億円、最高潮の2007年度が3550億円なのでRILだけで利益規模で言えば日本の大企業を完全に凌駕している(インドルピー/円レートは各期末である2008/3/31と2009/3/31のレートをそれぞれ適用している)。

尚よく中印という形で比較されるが、世界の企業経理やM&A業界の常識として

<一般的にインド企業の財務諸表のほうが中国企業のものより開示がきちんと行われ内容に対する信頼度が高い>

と認識されている。

そのリライアンス・グループのお家騒動が今インドの人たちの間で噂の種になっている。

ディルバイ・アンバニはインド西部のグジャラート州で1932年に教員の次男として生まれた。ただし、彼のカーストは商人カーストのBania(バニア)であり彼の血の中にインド商人の血が流れていなかったわけではない。

インド独立直後の1948年に16歳のディルバイは当時の英領アデン(イエメン人民民主主義共和国の首都を経て現在はイエメン共和国の一都市)に移り、フランス人経営の商社のシェル石油担当をしていた。ガソリンスタンドの給油係から始め、その後シェル製品をソマリアやエチオピアなどの近隣諸国に販売するセースルマンに昇格し、最終的にはアデンの英軍基地担当をしていた。この会社の中間管理職以下はほとんどインド人で固めていたようだ。

アラビア半島には多くのインド人が居住しているが、これはアラビア半島にあった英国の植民地や保護領が全てインド総督府の監督下にあったことがその背景にある。通貨もインド・ルピーであったから、英国が手を退いてからも引き続きインドがこの地域の統治をするなりインドの経済圏内においていれば、石油危機後の世界の姿はずいぶん異なっていたはずだ。

アデン在住中の1954年、いわゆる写真見合いでKokilaben(コキラベン)と結婚したディルバイは1958年にアデンで生まれた長男Mukesh(ムケシュ)と妻を伴いインドに帰国し、ボンベイ(当時)でポリエステル糸の輸入商を操業する。現在のRILの前身だ。その後インドの輸入規制を上手にかいくぐり、利用し蓄財を行った。

日本には戦後の一時期輸出振興のため輸出者に優先的に外貨の割当が行われ、その割当証明が譲渡可能であったため割当証明のブローカー業が成り立っていた時期がある。インドにも類似の制度があったがディルバイは外貨割当を他人に売却するのではなく、香辛料などを赤字輸出しともかく外貨割当を稼ぎ、割当てられた外貨を使って国内で不足している物資を輸入して利益を上げるという手法で蓄財したようだ。その際輸入したものが合繊糸だった。

ディルバイはやがてポリエステルの生産に参入し、繊維製品の生産に乗り出し、その原料を求めて石油精製に進出し、と彼の事業はポリエステルの上流と下流に展開してゆく。

私が’70年代にインドに行き始めた頃、テレビで盛んにOnly Vimal(絶対ヴィマル)と言うキャッチのコマーシャルが流れており、インド人の家に行くと子供がOnly Vimalと叫んで飛び回っていたのを覚えているが、これはRILの前身Reliance Textilesが、製造する服地にインド企業としては珍しくVimalというブランド名をつけ、そのブランドの浸透作戦を展開していたからだ。

ディルバイ成功のもう一つのポイントはIPOを通じて多数の一般株主に自社株を売却し、インドの株主資本主義の基礎を築いたことだ。1977年のRILのIPOには58,000人余の株主が応募した。

これだけ急成長を遂げるといろいろ敵が現れ、足を引っ張られるのが常だが、ディルバイは巧みにすべてのピンチをすり抜け事業を拡大した。彼にとって計算外だったのは2002年の彼の死後、事業を相続した二人の息子Mukesh(ムケシュ)とAnil(アニル)が相互に反目していることだろう。

戦前からのインドの財閥ビルラでは創業者のG. D. ビルラ存命中に事業を三人の息子の間に分けて管理させていたので死後さしたる跡目相続争いが起きなかった。

しかしディルバイは遺書を残さなかった。このため兄弟の争いの第一弾が切って落とされた。

第一幕は最終的には母コキラベンの裁定により(このあたりが極めてインド的だ)、2005年に兄のムケシュがRIL、Reliance Petroleum、IPCLなど石油、石油化学、繊維製品関係など製造業系の事業を、弟のAnilがReliance Communications (電話事業)、Reliance Power(電力事業)などサービス業系の事業を引継ぐことで結着した。

Ambani(アンバニ)一族物語 (2/2)2009/08/16 07:23

リライアンスの事業の兄弟間での分割話のポイントは、リライアンスが元来合繊事業を中核に上流や下流に展開していった企業グループだという点だ。ムケシュが製造業系、アニルがサービス業系といっても、アニルの電力事業などはムケシュの天然ガス事業からの原料供給を前提に出来上がっている。この点を覚えておこう。

アンバニ兄弟間の争い第二幕はここ数ヶ月インド人の間の噂話の種だ。

話を10年近く戻そう。インドの政府機関(当時、現在は上場企業)であるOil and Natural Gas Commission (ONGC)はインド東岸のKrishna Godavari Basin (K G Basin) といわれる地区で天然ガスを掘り当てた。ガス田の開発資金が不足していたため、政府はガス田の地区割を行い、地区ごとに開発権を入札にかけた。その後の調査の結果K G Basinは世界でも有数の埋蔵量を持つ有望ガス田であることが判明している。リライアンスはいくつかの地区の開発権を落札したが、2002年にディルバイ6(D6)といわれる鉱区でガスを掘り当てた。

[以下の記述は報道などに基づいて書いており、直接インドの裁判記録に当たっているわけではないので、細目について誤りがあるかもしれない]

2005年の事業分割の際、兄弟間では、

<アニル傘下のReliance Natural Resources Limited (RNEL)は、ムケシュ傘下のRILが生産するD6ガス田の天然ガスのうち2800万立米までを百万BTU当り2.34米ドルで引取る権利がある>

という覚書を結んでいた。更にこの覚書によればRILが新規に開発するガス田の40%までに対してアニル側が引取ることができるという。

この$2.34/百万BTUという価格はインドの政府企業であるNational Thermal Power Corporation(NTPC、国家火力発電公社)が2004年に天然ガスの入札を行った際に決まった価格だ。独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)のウェブサイトに出ている統計によれば2004年の日本の平均買値が$5.18/百万BTUだ。発電能力30,644MWと中部電力や関西電力級しかないNTPCはずいぶん買い物上手だということになる。どうしてこういうことになるんでしょうね。

$2.34/百万BTUというと2002年頃のアメリカの国内価格で、それ以降は一貫してもっと高い値段をつけている。天然ガス価格は、直近では2008年に$13台まで暴騰してから$3台まで落ちてきている。今後世界経済が復興すると読めば「今が底値」という見方もできよう。

ムケシュ傘下のRILはKG Basinの他地域にも権益を有しているのでまだまだガスが出てくる可能性は高い。一方アニル傘下のReliance Powerは2018年までに32,000MWの発電設備を持とうという。8、9年で中部電力とか関西電力級の電力会社になろうということで、アニルの野望の大きさがわかろうというものだ。発電事業を持つ側にしてみれば安いガスが安定的に得られるならのどから手が出るほどほしいところだ。

この問題に対してインド政府は「そもそもエネルギーの価格設定は政府所管である」という立場から、兄弟間の覚書の内容はともかく、個別の会社間でのガス供給であれば妥当な価格は$4.20/百万BTUであるとしており、ムケシュは「政府がそういうのだから」という立場だ。

兄弟は問題の決着を法廷にゆだねており(すぐ裁判沙汰になるあたりインドと中国とではやり方が根本的に異なる)、ムンバイのBombay High Court(ボンベイ高等裁判所)はアニル側の言い分を認めた。つまり覚書どおりRILは$2.34/百万BTUでガスをアニル側のRNEL に売らねばならないという立場だ。

この問題でインド政府は二つの問題を抱えている

1. そもそも2006年にこの覚書の内容の開示を受けているのに、今の今まで「政府のエネルギー政策から言ってRIL/RNRL間のガス価格は$4.20/百万BTUが妥当」という立場を明確にしてこなかったこと。「インドの民主主義」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/01/4219988
で書いたようにインドでは政権交代がある。「これは前政権が行ったので…」という言い訳はインドの政治家がよく使う手だ。しかしこの時期は一貫してINC(インド国民会議党)が政権を握っているので今回はそのような言い訳は使えない。

2. 政府は過去、政府に支払われるロイヤリティーについては云々するが、私人間のガスの価格については関与する意思がないことを表明している。つまりRIL/RNRL間のガス価格がどうであろうと、RILが政府に支払うロイヤリティーが変わらない限り政府は関与しないことを表明しているわけだ。政府が「RIL/RNRL間のガス価格は$4.20/百万BTU」という立場をとっているということは、政府が「RILがガスを$2.34/百万BTUで売れば、ロイヤリティーの支払義務者であるRILの儲けが少なくなるので問題だ」とRILに肩入れしていることになる。

ムケシュ側のRILは控訴しており問題は今最高裁判所で争われている。今後の展開やいかに?

ムケシュもアニルも父親のディルバイが苦労してリライアンスを育ててきた過程をともにしている個性の強い人物だ。お互い「自分の言うことがインドのためになる」と主張してやまない。ダウンストリームにいるアニルのほうが声高にそれを主張しており、アップストリームの兄のムケシュは「問題を司法の手にゆだねているのでコメントする立場にないが、一言言っておけば」という状態だが。

このエントリーを読んでいて、インド最大の企業とか、大規模な電力会社とかいったものをムケシュ・アンバニとかアニル・アンバニといった個人がコントロールしているような書き方をしている。事実開示資料を見るとRILの株式の51%弱はムケシュ関係の法人が所有している。アニルのほうはグループが企業群になっていて一本にまとまっているわけではないが、上場企業の場合40%強の株式をアニル関係の法人が所有していることが開示資料を通じてわかる。

資本主義初期ではこのような強烈な個性を持った人物が合法・非合法の手段を用いて自分の企業を大きくし、そして巨万の富を築いてゆくものだが、ディルバイやその息子たちの姿を見ているとその感を強くする。そういう人たちが活躍できるということは、インドがまさに経済の勃興期にあることを示している。

しかし、彼らの活躍は一面国に彼らの行動を制御する力が不足しているということでもある。

ムケシュもアニルもフォーブスの億万長者リストに名を連ねる。ちなみにムケシュがRILから得た収入は開示資料で見ると2007年度は4.4億ルピー(約11億円)。「The White Tiger(邦題『グローバリズム出づる処の殺人者より』)とインドの治安」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/05/13/
で用いた比率を使うと日本の物価感覚では36億円相当だ。余り派手にマスコミに登場することのないムケシュだが、東京並みに土地の高いムンバイの高級住宅地4532平米に27階建ての私邸(自宅兼事務所ではない)を建設したので、さすがにこれは世界中で有名になった。
http://www.forbes.com/2008/04/30/home-india-billion-forbeslife-cx_mw_0430realestate.html

インドには他方「Slumdog Millionaire (スラムドッグ$ミリオネア)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/02/28/
で書いたように塗炭の苦しみにあえぐ8億からの大衆が存在する。

ムケシュやアニルがそれぞれの企業グループの利益のみを考え、お互いの立場を主張しインドの成長の過程を振り回すのでは、これら無告の民がたまならない。

インドの財閥--タタ財閥2009/08/21 05:56

アンバニ一族のことを書いたついでに、私が最初にインド・ビジネスに関与した頃「インドの大企業」とか「財閥」の筆頭格であったTata(タタ)とBirla(ビルラ)について書こうと思う。まずタタから始めよう。

タタ財閥としての連結売上は2007年度に625億ドル(約6.2兆円。2008年度は未発表)。傘下企業には例えば後述のTata Steel(製鉄)や英国のジャガー買収で有名になったTata Motors(自動車)、更にはソフトウェア開発で世界的に有名なTata Consultancy Services(TCS)などがある。

Tata Steelの2008年度売上は1.5兆ルピー、純利益は485億ルピー(それぞれ2.8兆円と911億円。ちなみに同期の新日鉄は4.8兆円と1550億円)。

Tata Motorsの2007年度売上(2008年度連結の数字は未公表のため)は4034億ルピー、純利益は217億ルピー(それぞれ1兆円と540億円。ちなみに同期のスバルは1.6兆円と185億。それにしてもスバル儲かってませんね)。Tata Motorsの2008年度連結決算が未開示なのは、2008年6月に買収したフォードのジャガー・ローバー事業の評価をどう開示情報に表示するのかモメているのかもしれない。

TCSの2008年度の売上は2195億ルピー、純利益は468億ルピー(それぞれ4125億円、879億円。ちなみに同期の日本の情報サービルプロバイダーの雄CSKの対応する部門の売上が1908億円で営業利益が88億円、これではまるで勝負にならない)。

脱線するが、タタにしてもビルラにしても、連邦経営とでもいうべき、傘下各企業の経営の自由度が比較的高い経営をしている。この点はすべての事業を傘下におさめる方向をとっているムケシュ・アンバニとは大いに異なる点だ。

タタ一族はムンバイを中心に住むParsi(パルシー)だ。パルシーとはPars(パルス)人の意味でパルスはイランの別称だ。この呼称のいわれはパルシーが元々イランからアラブ人が回教を持ってイランに攻め込んできた際、難を逃れてインドに逃れた人々移ってきた人たちで、古いイランの宗教である拝火教を信仰しているからだ。インドに住み着いた時期については諸説あるがイランに回教がもたらされたのが7世紀であったことから判断すると、8世紀頃にインドに移ってきたという説が妥当であろう。

パルシー人口はインドの人口の約1万分の1の、たった約10万人だ。イランからやってきて千数百年してもまだこれくらいしかいないという理由の背景には、パルシーと認められるためにはパルシーの子供である必要があるため比較的近親婚が多いためだとされている。しかしこの結果パルシーの血統は概ね守られ、いまだにパルシーと言うとイラン人のような白い肌の人が多い。「概ね」と書いたのには理由があって、パルシーの中には肌の色が濃くおよそイラン人を祖先とするとは考えられない人もいるので、歴史上のどこかで彼らを迎えたインドの血が混じっていることは間違いない。ちなみにイランの拝火教徒も基本的には拝火教徒どうしでしか結婚しないし、ユダヤ人のうちで伝統的を守る人々は血統を守ることには熱心だ。

パルシーはインドの植民地時代にいち早く西欧的な考え方や統治の手法に順応した民族で、その関係でインドの民族資本としては比較的早く頭角を現した。そのパルシーの経営する企業群の中でタタはもっとも成功した部類だ。製鉄業や鉄道車両の製造などの重工業を創業し産業資本の礎を築いた。今は国営となっているAir India(インド航空)も元はと言えばタタ財閥が始めた事業だ。このようにタタ財閥はインドの工業化を引っ張ってきたような側面があり、そのような行動をとって来た背景には「インドかくあるべし」という一種のビジョンがあるようだ。

このビジョンの存在はタタ財閥の開明的な経営でも知られる。8時間労働制を1912年に宗主国英国より早く実施したとか、1920年に企業年金制度を作ったとか、パルシー以外の民族を経営幹部に登用しているとか(これは一面、パルシーの絶対数が少ないからでもあろう)言った点などがこの側面を示している。

このようなタタのイメージする開明的な経営を象徴するのがTata Steelを始めとするタタ系の企業の工場が多数存在する人口約100万人の都市Jamshedpur(ジャムシェドプール)だろう。ジャムシェドプール(ジャムシェドの町)は1919年にその地に都市を築くことを企画したJamshedji Tataの名を取って命名された。ちなみにジャムシェド(jiは日本語で言えば「さん」に相当)はイランの古代神話の王の名前だ。脱線するがこのことや、パルシーが千数百年を経たいまだにイランへのツアーに出ることからも彼らの持つイランへのこだわりがわかる。ジャムシェドプールの中央駅の駅名がTatanagar(タタナガール。タタの町)であることなどからも、この町が完全なタタの企業城下町であることがわかる。ジャムシェドプールは市制をしいておらず従い市議会や市長は存在せず、Jamshedpur Utilities and Services Company(JUSCO)というタタ製鉄の一事業部が市の管理運営を行っている。町はこぎれいだし、電気も停電しないし、水道の水ものめるのでインドでもっともきちんと運営されている都市だとされている。こういうところをみているとタタ財閥の指向するものは、シンガポールのような「開明的なリーダーによる秩序ある発展」ではないかという気がする。

しかしその開明的な経営者による秩序ある発展のモデルが、現在のタタ財閥にはやや重荷になってきているのではないかと思われる。他の財閥がビジョンはさておき、第一義的には利益を上げることに専念する傾向があるだけになおさらだ。しかし、現在のインドではまだ発展のプロセスに開明的なリーダーが深く関与することのほうがコトが進みやすいようだ。それを象徴するような事件が昨年から今年にかけておきた。

7月にTata Motors(タタ自動車)がone lakh car(10万ルピー車。インドの数の数え方については
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/25/4265839
ご参照)と銘打って小型車Nano(ナノ)の発売にこぎつけたのは記憶に新しい。「こぎつけた」と書くのには理由がある。ナノは当初はコルカタ(旧カルカッタ)を首都とする西ベンガル州のSingur(シングール)の水田の真ん中に建設される新プラントで製造される予定だった。しかし現在の西ベンガル州で政権を牛耳るCPI(M)(インド共産党マルクス派)に反対する有力女性政治家Mamata Banerjee(ママタ・バネルジー)が「西ベンガル州政府がTata Motors誘致のため地権者をないがしろにした」として建設中の工場周辺で強力な反対運動を展開、混乱のなかでタタは昨年10月にほぼ完成したプラントを放棄し別なプラントでナノを生産することを決定せざるを得なくなり、ナノの発売も数ヶ月遅れることとなった。およそ秩序だった発展とは異なる結果となったわけだ。財閥当主のRatan Tata(ラタン・タタ)は「土地の取得は企業誘致をした西ベンガル州政府のやったこと」として、そもそも混乱の原因となった西ベンガル州政府の権力をかさに来た乱暴な地上げにはノーコメントを通した。確かに地上げを西ベンガル州政府に任せたほうが一見コストが安く、経営的には合理的な選択肢であったのだろう。しかし大衆行動が一定の効果を持つ現在のインドの状況では、むしろジャムシェドプールを建設するときラタンの曾祖父がしたように自分で地上げをしていれば、取得価格は上がってもこのような混乱は避けられたかもしれない。

開明的な経営と並んでタタ財閥のもう一つの特徴として強い英国志向がある。タタ財閥の経営を統括する部門の責任者に会いに行ったら、マーガレット・サッチャー元首相の秘書官だった英国人であったり、タタが買収した企業が2000年に買収した英国の紅茶メーカーTetleyであったり、 2007年に買収した英蘭の鉄鋼メーカーCorusであったり、前述の2008年に買収した米フォード傘下にあった英国の自動車メーカーのジャガーとローバーであったりするのを見るにつけてこの印象を強くする。

無論タタとても英国一辺倒であるわけではない。私がインドに行き始めた頃、街にはOur product is good enough for the market
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/06/09/4355485
で書いたようにベンツから移植したエンジンを積んだトラックが走り回っていたわけだし(この点はいまだにそうだ)、最近ではNTTドコモと携帯電話事業を営んでいる。

最後に考えるべきは、上に示したような国際級のサイズの事業と、Our product is good enough for the marketとばかりにインド市場あるいは財閥自体のニーズに基づく小さい企業が多数存在していることだ。今後このように大小取り混ぜて存在する彼らのグループ企業の整理統合をどうするのか、(上述の財閥の経営を統括する機能がどのようなものになるのか)、まだ不足している技術力の面を海外の企業とどのような提携を結ぶことで補ってゆこうとしているのかには注目しておく必要があるだろう。

水のなるほどクイズ2010