Paying it Forward(邦題 ペイ・フォワード 可能の王国)2015/09/09 15:02

「ペイ・フォワード 可能の王国」という2001年に日本で公開された映画を覚えておられるだろうか?主人公の少年が「もし自分の手で世界を変えたいと思ったら何をする?」という学校の宿題に対して「自分が受けた善意や思いやりを、その相手に返すのではなく、別の3人に渡す」という回答を出し、それを実践するプロセスを描いたものだ。[ここの記述は私の記憶を補足するためウィキペディアのエントリーに頼った。尚、ウィキペディアのリンクがうまく貼りつかないので、関心のある方はウィキペディアで「ペイ・フォワード」を検索してほしい]

主人公は校内暴力で殺されてしまうが、彼の実践した善行の輪は彼の知らないうちにどんどん広がって行く、という希望をもたせる形で映画は終る。

この夏クローズアップされた地中海を渡海する難民の流れが、前線のイタリアやギリシャから、英仏海峡をまたぐ鉄路がひかれているChannel Tunnel(海峡トンネル)のフランス側やギリシャと地続きのマケドニア、そのマケドニアから鉄路や道路を伝ってセルビア、ハンガリー、オーストリー、ドイツ、そしてさらに北のデンマークやスウェーデンに流れ込んでいる。まだ自国の経済が成長期にある東欧諸国は難民の受け入れに消極的で、イギリスを除く西欧諸国はおおむね難民受け入れに対して前向きな姿勢を示している。

この夏ギリシャやイタリアに到着(というか漂着に近い)した難民をインタービューするテレビやインターネットの映像を見ていて、気がついたことはそれなりに身なりの良い英語の上手な難民が多かったことだ。国外脱出を手伝う密航組織にそれなりにお金を積むだけの財力のある人たちがヨーロッパ本土にたどり着いているということだろう。シリアやリビアの、教育を受けたそれなりに裕福な層が、全てを捨てて命からがら渡海してきているのだ。ここまでシリアやリビアの国内状況が悪化しているのだ。

そしてここ数日の映像。決して裕福とは思えないドイツ人やオーストリー人のボランティアが自分の車でハンガリーまで出かけて行き(映っているクルマにBMWやベンツがなかった!)、オーストリーとの国境でひっかかっている難民を乗せてドイツまで運んだり、ミュンヘン中央駅に到着する難民を乗せた列車を市民のボランティアが待ち受けていて、水や食料や衣料を配り、政府は政府で難民の受け入れ体制を急遽整備している。このドイツ政府や国民の対応に対しては世界から賞賛の声が寄せられている。まさにペイ・フォワードの状態だ。ドイツに対する評価はここ数日で急上昇している。

メルケル首相によればドイツには今年80万人の難民が到着することになるだろうという。ドイツの人口は約8000万人なので、なんと人口の1%だ。年内に100万人に到達するという予測もある。欧州委員会はEUとしての今年の難民受け入れ枠を16万人にすることを検討しているが、到底そのような数ではまかないきれないくらいの難民がヨーロッパに押し寄せているのだ。

しかし、例えば受入枠が4,600人のルーマニアや1,600人のブルガリアに割り当てられた難民がそのままルーマニアやブルガリアに留まるだろうか?難民は別に生活保護を受けるためにヨーロッパにわたってきているのではない。自分の国でそれなりに生活ができていた人たちが身の危険を感じて脱出してきているのだ。一時の生活保護は必要としても、なるべく早く以前の生活のレベルに戻るため彼らはあらゆる努力をするだろう。それには経済的に成功する機会が多そうなところに行くのがてっとり早い。だから彼らはドイツやイギリスに向かおうとするのだ。

そのドイツの国民の考えだが、今年2月の調査では国民の71%がEU外からの移民受け入れに対して否定的だった。ただ、移民と難民は違う。4/25にドイツの公共放送ARDが行った調査によれば国民の50%がもっと難民を受け入れることに賛成で
44%が反対だった。難民受け入れについてのドイツの国論は割れている。

自発的に難民ピックアップのためハンガリーまで自分の車を飛ばして行ったり、ミュンヘン駅で難民の乗った列車を出迎えた善意の人たちがいる反面、難民の収容施設に対する放火などをする輩が出始めている。ドイツでは2012年から通算12の難民収容施設が放火にあっており、そのペースは増えている。せっかくペイ・フォワードしても、これでは積んだ功徳が消されてしまう。

冷静に考えてみよう。恐らくヨーロッパでは今後一時の熱がさめる現象が起き、難民を受け入れようという動きがだんだん沈静化してきて、政府も到着した人々の難民認定をヨリ厳重にする方向で動くだろう。しかしシリアやイラクの周辺国には数百万人の難民が生活している。彼らは密航業者に多額の金を払えない人々だと考えてよいが、彼らの一部もまた機会を見てヨーロッパへの脱出を考えるだろうと見るべきだ。
このようにしてみると、現在ヨーロッパに押し寄せている難民の波は一時的なものと考えるべきではない。中東情勢の混乱が継続する限り難民の流れが留まることはないと考えたほうが良い。そのような状況下でヨーロッパは紆余曲折を経ながらも、徐々に中東系を中心とする新難民をその社会に受け入れた新たな社会の均衡を模索せざるを得ないだろう。

さて、これを日本に置き換えて考えてみよう。北朝鮮の金正恩政権に対して例えば強力な反政府運動がおきたらどうなるだろう?無論その結果北朝鮮国内は大混乱になり、多数の難民が中国と韓国に向かうことになるだろう。しかし一部の難民が日本海に船を出し日本に向かうことは十分予想される。日本の領海に難民船団が迫ってきたら海上保安庁の巡視船はどう動くのか?或いは中国が大半の難民の受け入れを拒否したり、韓国が一部の難民受け入れの肩代わりを日本に依頼してきたら?この時まがりなりにも難民を積極的に受け入れ、ペイ・フォワードして功徳を積むか、国内の治安に対する考慮を優先させて、難民船を押し返したり、韓国に「経済援助をちょっとするから、そちらで全員受け入れてほしい」という対応をするか? 

世界の大勢が「先進国は多少の混乱があっても難民を受け入れる」方向に進んでいる状況下で、後者の対応をしたらまさに国の品格が問われることになることを十分認識して、今から心構えだけでもしておくことが必要だ。

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