カシミール問題2010/03/08 22:31

2008年11月26日、パキスタンを本拠地とする回教過激派Lashkar-e-Taibaラシカール・エ・タイバ(ウルドゥー語で「正義の軍団」の意)の構成員10名がムンバイに上陸し高級ホテル、ターミナル駅、病院を含む市内各所で銃撃戦を展開し死者166人負傷者308人の大惨事を引き起こした。インドではこの事件はtwenty-six eleven 26/11とよばれ、英語圏でnine eleven 9/11とよばれる回教徒過激派アル・カイダによる2001年9月11日のニューヨークの世界貿易センタービルとワシントンの国防省ビルに対する攻撃と比肩されて語られる。パキスタンは事件発生後自国籍の関係者の関与を一切否定していたが、2009年1月9日に逮捕された唯一の構成員(他の構成員はインド治安当局との銃撃戦で死亡)がパキスタン国籍であったことを認め、更に2月12日にパキスタンでこの事件が計画されたことを認め関係者の逮捕に踏み切ったが、一部の関係者は逮捕されても外部との交信がいくらでも可能なゆるい自宅軟禁であったり、すぐ釈放されるなどインド側から見るとはなはだ不満足な追求しか行なわれていない。

26/11の結果インドはパキスタンとの間で進めていた国交安定化交渉を中断していたが、事件発生後1年半近くたった2月25日にようやくインドとパキスタンの外務次官級の会談が行なわれた。もっとも会談はパキスタン国内の回教過激派に対する追求の強化を求めるインド側と、カシミール問題を含むComposite Dialogue総合的対話の再開を求めるパキスタン側の間で議論が並行線に終わった。

世界には発火点と言われる、いつ戦争が起きてもおかしくない地域がいくつかある。イスラエルはそのような場所だし、カシミールもそのような場所だ。この二つの発火点の場合、争いが局地戦で留まっていれば良いが、当事者が核武装しているし、当事者の背後にはイスラエルの背後のアメリカのような大国のスポンサーがいる場合があるので注意していないと局地戦がより大きな戦争に発展してしまう危険性がある。そのような関心を持ってカシミール問題について書いてみたい。

カシミール地方はインドとパキスタンと中国との間にある。行政的にはインドが14.1万平方キロ、パキスタン8.6万平方キロ、中国が3.8万平方キロをそれぞれ実効的支配しているが、インドはパキスタンと中国が統治している部分についての領有権を主張しているし、パキスタンはインドが統治している部分も含め帰属は未定と言う立場をとっている。中国は1962年の中印戦争の結果軍事境界線が確定した地域は元々自分のもの(新彊省の一部)という立場で、パキスタンが実効支配している地域と中国領との間の国境線を画定している[註 1]。

[註 1] インドはこの国境線を認めていない。

現在のカシミールの中心部は概ねPir Panjalピール・パンジャル山脈及びそれに囲まれたVale of Kashmirカシミール盆地といわれる地域だ。この地域は元々は回教系の藩王が統治していたが、19世紀始めシーク教徒[註 2]の豪族が回教徒の藩王を駆逐し新たな藩王となり、1846年には英国から大幅な自治権を認められ、版図を概ね現在インドが考えるカシミール地方全域に拡大していった。

[註 2] Guru Nanakグル・ナナックが16世紀に始めた回教とヒンズー教双方の要素を取り入れた宗教。男子の信者は髪の毛と髭を切ってはならないものとされるため、束ねた髪を包むためのターバンを巻いている。インドの現首相Manmohan Singhマンモハン・シンはシーク教徒。

カシミール地方は峻厳な山脈によって分断されており、それぞれの地域は独自の文化を保有しているため客観的にはカシミールが一つという言い方はできない。例えばインド側のLadakhラダク地方にはチベット系の人々が住みチベット仏教を信仰しているが、カシミール全体で言えば回教徒が圧倒的に多い。民族や宗教のみならず地理的にもカシミールは多様だ。ラダク地方や中国が実効支配するAksai Chinアクサイ・チン地方は標高3000~5000mの高地の砂漠地帯だが、インドが統治しているJammuジャム地方は温暖な平地だ。

このようにいろいろな民族的、文化的、地理的要素を含むカシミールはインドとパキスタンが独立するとき両国の間でその帰属が争われ、パキスタンが自国への併合を目的にPashtunパシトゥン人[註 3]ゲリラを送り込んだため当時の藩王Hari Singhハリ・シンが独断で1947年10月にインドに帰属することを決めインドがこれを認めた。パキスタンはこれを不服とし第一次印・パ戦争が勃発した。1948年末に国連の調停により休戦協定が締結され、カシミールの帰属を決めるための住民投票が行なわれることになっていたが、回教徒が人口の過半を占めるカシミールで住民投票が行なわれればパキスタンへの帰属が決まることを恐れるインドがさまざまな理由をつけて住民投票を実施しないまま今日に至っている。インドもパキスタンも両軍が停戦した軍事境界線を正式な国境線とは認めていないのでこの国境線は両国ともline of control (LOC)実効支配線だと言っている。

[註 3]パシトゥン人はパキスタンとアフガニスタンにまたがる尚武の民族。「パキスタンはFailed
Stateか?(2/2)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/15/4245648
の記述も参照ねがいたい。

その後1949年に藩王が退位し、インド側のカシミールがインドの一つの州となってからは州議会が普通選挙で選ばれ、州首相はその州議会で選ばれるので州首相は回教徒となっているが、ヒンズー教徒のインド人がどんどん入ってくるし、中央政府のトップ層はヒンズー教徒だしと言うことで、カシミールの回教徒が不満を募らせるのは当然の成り行きだ。しかし、カシミールの少数派であるヒンズー教徒や仏教徒にとっては、信教の自由を国是とするインドによる統治のほうがよかったと思う。

問題を更に複雑にしているもう一つのポイントはインド側のカシミールの回教徒のほとんどはパキスタンで主流のスンニー派に属していることだ。このためインド側のカシミールに住む回教徒は心情的にもパキスタン帰属を願う傾向がある。

パキスタンがおとなしく、外交的に住民投票の実施を要求し続けているだけであれば問題はないが、「パキスタンはFailed Stateか?(2/2)」でも書いたようにパキスタンはインドを第一の仮想敵国と想定しており、パキスタンの軍部はよせば良いのに伝統的にインドにちょっかいを出したがる傾向がある。軍に対する文民統治シビリアン・コントロールが行き届いていれば、それも制御可能だろうが、パキスタンは建国以来軍事クーデターで軍部による政権奪取が頻発し、政権が頻繁に民政と軍政の間を行き来している。民選によって選ばれた今のザルダリ政権にしたところで2008年9月にようやく軍事クーデターによって就任したMusharrafムシャラフ政権と交代したばかりだ。カシミールのこのような存在がすぐそばにあれば、軍の手を出したがる衝動が働くのでカシミールが発火点になる。パキスタンがインド側のカシミールに工作員を送り込んだ結果おこった1965年の第二次印・パ戦争と1999年のKargilカーギル紛争[註 4]はパキスタンの「火遊び」が正規軍どうしが砲火を交える戦争に発展した例だ。

[註 4] 両国が宣戦布告していないので第四次印・パ戦争とは言われないが、実質的には核戦争直前まで行った戦争だ。

正式な戦争に至っていないにせよ、パキスタンは1987年のインド側のカシミール州議会選挙でおきた不正を糾弾する住民運動に乗じ、工作員をインド側のカシミールに増派しており、これがインド側の治安維持手法のまずさと重なり、1980年代の末期以降インド側のカシミールの治安は不安定を続けている。カシミールにはインド側、パキスタン側を問わず、有力な観光資源がたくさんあるのに、これが治安不安のため十分活用されていないのは誠に残念なことだ。

インドとパキスタンと言う核保有国が対峙するカシミール情勢に解決の糸口はあるのだろうか?

単純に「民主的に多数決で」と言うことであれば、カシミールは回教国であるパキスタンに帰属すべきだということになる。もともとのカシミールでは回教徒とヒンズー教徒とが共通の聖人を持つなど、両宗教の間で習合が見られた。このような大らかさが維持できるのであればパキスタンによる統治でよいだろう。しかし、宗教的な多様性に対する許容度の低い現在のパキスタンでこのようなことは期待できない。またパキスタンの工作員の扇動により、そして住民を敵に回すようなインドの治安当局の対応のまずさにより、カシミールの回教徒が追い込まれ先鋭化している現在の状況下ではカシミールの回教徒に宗教的な寛容は望むべくもない。

三度のインドとの戦争や、おびただしい大小の小競り合いを通して、パキスタンはカシミールを不安定にすることには成功しているが、戦争に勝ったということはない。つまり連敗続きなのだ。パキスタンにとって頭が痛いのは、インド側のカシミールを不安定にさせる目的に投入してきたパシトゥン人を筆頭とする勢力がパキスタンの連敗の結果パキスタン領内の不満分子として滞留し、パキスタン自身の治安を脅かしていることだ。

パキスタンの軍部は伝統的に国内のパシトゥン人を抑えておくためにもパシトゥン人を主体とする第二の仮想敵国アフガニスタンの不安定化を指向している。パキスタンに混乱が及びさえしなければ、いや混乱がパキスタン領内に及んでも辺境地帯に限定されているのならば、という条件付だ。現在パキスタン軍が回教徒過激派掃討作戦に出ているのは、回教徒過激派が辺境地帯を越えて活動し始めたからだ。

パキスタンがいい加減に懲りて、現状を表立って認めないまでも黙認し、インド側のカシミールに手を出すことを自制し、インドとの対話を通じて懸案を一歩一歩片付けて行こうと思っても、この不満分子の存在が大きな障害となる。

国を分断する可能性まで出てきた過激派対策と仮想敵国インドとの対峙の国是。そしてその両者をつなぐ軍の諜報機関。パキスタン政府はいつまでこのような綱渡りを続けるのだろうか?

パキスタンのザルダリ政権が最近ようやく腰を上げて軍部を民間がコントロールする方向に徐々に転換しているようにみえることや、国内治安悪化に対応して軍部がイスラム過激派勢力対策の必要性に気づき始めたのは大いに結構なことだ。

水のなるほどクイズ2010