自動車の「プロ」と「アマ」の落差2011/07/24 23:17

Our product is good enough for our market”と「トヨタ問題」で書いたように、私は車台番号がNHW20で始まるいわゆる第二世代のトヨタプリウスオーナーだ。2003年9月の発売から3カ月ほど待って納車となったものをそのまま10万キロ乗っている。月千キロ強のペースなので、東京都民としては多めに乗っている方だろう。その間大きな故障と言えば10万キロのちょっと手前で左前輪からわずかにゴーッという音がし始めたので見てもらったらドライブシャフトとベアリングの交換と相成ったくらいだ(なにしろ左側は嫁さんが良くこするからなぁ)。
買った当初、カタログ燃費と実燃費の極端な差にびっくりしたり、それまで乗っていた自動車に比べて交差点での発進や加速時のモタモタが気になったり、路面に起伏があると車体がフラフラすることが気になったりということがあった。

実燃費の方は都内で運転して12~15km/l、高速でメチャに飛ばさなければ20km/l(いずれもレギュラーガソリンで)という状態なので、正直言って大いに助かっている。以前いろいろな自動車評論家がフォルクスワーゲンのゴルフのことをあまりほめるので試乗に行ったら、セールスマン氏が「燃費はプリウスには負けます」と正直に言っていたのでゴルフの燃費 > プリウスというのは、よほど特殊な条件下でない限り存在しないと考えておいた方が良い。おまけにゴルフはハイオク仕様だ。そのセールスマン氏にも「レギュラーは入れないでください」とクギを刺された。燃費が同じでもレギュラー仕様とハイオク仕様では経済性は10%程度の差がでる。プリウスオーナーになる意義の第一はこの抜群の燃費の良さだろう。

先ほどのフォルクスワーゲンのセールスマン氏はそのあたりのことを「燃費ではプリウスに負けますが運転感覚を買ってください」と表現していた。

フラフラのほうは、まだボディー剛性強化パーツがあちこちから発売される以前に相談したボディーの専門家国政久郎さんに「ミシュランタイヤにしてみてください」と言われてその通りにしたら大幅に改善された。それまでは首都高のカーブのきついところに80km/h以上で突っ込むとハンドルを細かく数回切らないと曲がりきらなかったのが、一発で決まるようになった。「タイヤ一つでこんなに違うんだ」ということを認識させられた。最近はボディーや足まわり強化パーツがあれこれ発売されているので、それをつければ更に良くなるだろう(まだ試していないが、自動車評論家の国沢光宏はショックアブゾーバーの交換を推薦している)。

交差点での発進や加速時のモタモタ感は別に周囲に迷惑になるほどのレベルではないので「パワー不足なんだ」と慣れてしまえばそれまでのことだ。

さて、ゴルフはステーションワゴンになっているヴァリアントVariantを主として試乗した。ゴルフそのものも乗ってみたが、荷物を積むスペースがプリウスに比べ圧倒的に少ないので関心がわかなかった。試乗が終わってディーラーからアレコレ資料をもらって家に帰るためにプリウスに乗った瞬間「あれっ広い」と感じた。家に帰ってから両方のカタログを見比べたらそうでしょう、こんな感じなのだ:

 

プリウス

(第2世代)

プリウス
(第3世代)

ゴルフ

ヴァリアント

車室幅

1440mm

1470mm

1330mm

車室長

1890mm

1905mm

1840mm

前部座席座面~天井

950mm

930mm

940mm

後部座席座面~天井

900mm

905mm

950mm


第二世代のプリウスのほうがゴルフよりつまっているのは「背の高い人が乗ると頭がつかえる」と言われるプリウス後部座席から天井までの高さだけなのだ(”Our product is good enough for
the market”で指摘したように、第三世代のプリウスの前席座面から天井までの高さは寸詰まりでゴルフに劣る)。

タイヤをミシュランに履き替えることで乗り心地の問題をひとまず片付けてしまった私に取っては、燃費といい、この車室の居住性といい、「プリウスの方がゴルフに優っている」という感じなのだ。交差点競争や高速道路でブッ飛ばす場合はたしかにゴルフに負けるだろうが、だいたいお膝元のドイツの高速道路だって今や110km/hとか130km/hの速度制限がかかっている区間がほとんどの状況なのだ。130km/hや140km/hならプリウスだってゴルフ程サッサと加速はしないが安定してだせるスピードだ。要するにプリウスはちょっとアンダーパワーの車だと思って運転していればよいだけのことだ。

何でそんなゴルフのことを自動車評論家諸氏は激賞するのだろう?

徳大寺有恒の著書「ぼくの日本自動車史」を読んでいて思い当たることがあった。そこで彼はメカとしては優れた日産ローレルではなく、「軟派な」トヨタのマークIIを買った顛末について書いている。面白いのでこの部分(同書p 239~240)を引用してみよう。

 で、僕はというと、実はマークII を買ってしまったのだ。真っ赤な1900ハードトップ、オートマチッ
   クである。これまた懺悔、懺悔、また懺悔である。(中略)

と言って両者の内装の差についアレコレ書いた後

 いってみればローレルは硬派、マークII は軟派だったのだが、僕はそのマークIIの軟派ぶりに、
 コロリと騙されてしまったのだ。(中略)
 二十数年前の徳大寺有恒は、ごくごく普通の大衆だったのだ。

更にp 242では「マークII に目がくらんだぼくは自分が恥ずかしい」という題名の一節を立ててマークIIについてこんなことを書いている

 ところが、こいつがなかなか壊れない。会社がつぶれるまでの丸二年間、乗っていたのだが、
 その間、全くのノントラブルだった。(中略)

 当時、ぼくの乗っていたローバー2000P6は、マークII に比べたら死ぬほど良かった。4気筒なの 
 でそう静かじゃないが、インテリアは総革張りで気持ちがいいし、とにかく乗り心地が抜群にい
 い 。(中略)

しかし、P6はおそらくマークII に比べると何かの拍子でエンジンがかからなくなったり、日本の夏の間はヒーヒー暑がってオーバーヒートしたりベーパーロックしたり、つまりメカに弱い一般のユーザーにしてみれば手に負えない信頼性に劣る商品だったはずだ。だからだろう

 こんなにすばらしいローバーだったが、女房はけっして運転しようとはしなかった

そうだ。徳大寺さん、その「ごくごく普通の大衆」のニーズを満たすことこそがクルマづくりの出発点なんじゃないでしょうか?だから「目がくらんだ」ことを恥じるのではなく、そのニーズに共感してマークII を買った当時のご自分の感覚の確かさはほめてやるべきじゃないかと思います。

たしかにクルマづくりは「ごくごく普通の大衆」のニーズばっかり見ていてはダメだと思いますし、そのちょっと先を行く車を提案するのが自動車メーカーの使命だとおもいますし、そのために自動車メーカーはあれこれ試行錯誤をする必要があるし(最近ヒットを狙うあまりそれを余りやらないのが私には不満ですが)、そしてその大衆のニーズの部分とメカの部分のちょうど良いバランスが得られた稀有な車こそが名車なんだと思いますが…

断言する。いわゆるプロが、メカやデキに目を奪われて何を言おうとゴルフは私にとっては名車ではない。我がプリウスは名車ではないかもしれないが、間違いなく自動車の歴史の1ページを画す車だし、足回りさえいじってやれば限りなく名車の域に入りうる車だと思う。

どうも自動車評論家諸氏の多くは山間の曲がりくねった坂道を「攻める」ことを基準にしてクルマのできを見る傾向があるような気がしてならない。ユーザー目線からいうと燃費(それもレギュラーガソリンで)とか、車室の居住性とか、こわれないことの方を優先することを認識してほしいものだ。山間の曲がりくねった坂道ではスピードを落とせばよい。トヨタはそのような面を見据えて車を開発しているからよく売れているのではないだろうか?

というようなことを、昨年トヨタ問題がアメリカで起こる以前に、よくトヨタ車批判を行う自動車評論家の両角岳彦のメーリングリストに投稿したら、先生どうもカチンときたらしい。「トヨタ車が売れているのは悪貨が良貨を駆逐しているからだ」とのコメントを次のメーリングリストで発表した。私は両角岳彦が技術について書いていることの多くは高く評価している。国産車のほとんどが採用しているCVTに対する彼の批判はいちいちごもっともだし、トヨタ問題が起きたとき、第三世代プリウスのブレーキシステムの分析に基づくトラブルの説明などは彼の真骨頂だと思う。しかしトヨタ車が売れているのは悪貨が良貨を駆逐しているという認識はいただけない。

私は長年モノを売る商売をしていて、消費者は比較の機会さえ与えられれば基本的には良いものと悪いものを見分ける力を持っていると確信している。そんな私の目からすればトヨタ車が売れているのはトヨタが消費者のニーズにあった車を作って売っているからで、そのことを悪貨が良貨を駆逐しているからだという発言は消費者をバカにした思い上がりに聞こえる。

ゴルフを激賞する自動車評論家と、売れる車の間の落差はこのあたりから出ているのではなかろうか?

日経ビジネスオンラインに「フェルディナント・ヤマグチのはしりながら考える」というページビューで1、2を争う人気連載コラムがある。ヤマグチがほぼ無批判に日産GT-Rに感動したり、CVTに関する批判がまったくない部分はまさに徳大寺の表現を借りれば「軟派」なのだが、そのセミプロのコラムが人気連載となる理由を自動車評論家諸氏は少し考えてみる必要があるのではなかろうか。

コメント

_ MK-2 ― 2012/01/01 13:37

プリウスはバッテリー寿命がくるまで、最高の実用車だと思います。ヴィッツとのガソリン代の差が、バッテリー交換費用まで出たらば、それは素晴らしい実績となりましょう♪

_ くびき野 ― 2012/06/22 00:43

私はトヨタのクルマ、必ずしも好きではありませんが工業製品として見れば世界一だと思います。
信頼性・耐久性・整備性という当たり前の事がちゃんと出来ていて、輸入車など足元にも及びません。
福野礼一郎氏あたりはそのあたりを冷静に評価しています。

_ (未記入) ― 2014/09/18 10:35

ゴルフの良さがわからないあなたは幸せだと思います。本当にうらやましいです。

_ あ ― 2014/10/31 01:23

乗り味が良いよりも、故障しない方がよっぽど大切だし何より安全性に寄与しています。
それこそ無人の砂漠のようなところで止まったら命に関わるわけで、アメリカの田舎やオーストラリアのようなところでイタ車やフランス車が売れるわけがない。
そういう場所で売れる日本車を評価できない徳大寺氏や両角氏は、所詮、敗戦後間もないころ生まれたので、劣等感世代なのです。
両角氏はよく理系を誇り、文系の自動車評論家を馬鹿にしたような文が目につきますが、偏差値50程度の大学の理系がどれだけ自慢になるかを考えたら、やはりこれも劣等感の裏返しなのかなと。

_ (未記入) ― 2014/11/25 13:19

砂漠や、アメリカやオーストラリアなどの田舎では、故障はリアル命取りになります。
そういった地域では、両角氏が乗り味を絶賛しているイタ車なんて乗れませんし、いつでもヘリが来てくれるフェラーリのオーナーは別にすれば、実際ほとんど誰も選択していません。
東京でさえあなたのような人が大勢いらっしゃるのに、砂漠なら尚更です。
ガソリンスタンドも無かったら、「一度の給油で長く走ること」は、「燃費」以前にとても大切。
自動車評論家のほとんどは井の中の蛙。もっと世界を見るべきです。

_ Mumbaikar ― 2014/12/01 20:08

いつの間にか両角氏を始めとする自動車評論家批判がでてきましたね。個人的には「両角氏がなんであんなにドイツのメーカーに肩入れするんじゃろう?」という気持ちはありますが、なかなかいいことも書いていると評価しています。最近彼の自動車評論が見られないのが残念だとおもっています(彼干されているのかな)。

あ、それから今日「トヨタ車でヒヤリとさせられた今年の夏の経験」をアップしたのでお読み下さい。

_ ナオ ― 2015/05/18 00:05

初めまして
私は国内のモータースポーツを観戦するのが好きな一般人です。
両角さんはトヨタ車が嫌いなのだなぁ…と感じでおりましたところにこちらを見つけ…拝読させていただきました。

_ Mumbaikar ― 2015/05/18 06:32

両角氏は最近どうも干されてますね。レギュラーで書いていたJBPressのコラムも、編集長がCVT絶賛をやった直後にCVT批判をやって以来、余り更新されないし。恐らくVW以外は試乗車を回してもらえないんで国産車について書けないんでしょうね。確かに世界中を見回しても彼ほど持論を元に辛口な評論を書く人はあまりいないのは事実です。だからこそ貴重な存在で、それはそれで泳がせる度量がないのであれば、日本の自動車メーカーの先は暗いという気がします。

_ 野良猫 ― 2015/09/30 04:44

個人的には、いま活躍自動車評論家って車のプロいうより車好きの延長線上って感じをうけますね。

自動車評論家ってわりと車好きの学生がアルバイト上がりでライターになったってパターンがおおいんですよね。 加藤拓人、河口まなぶ、国沢光宏、島下泰久など
文系で学生だってのも多くて
自動車工学の学位をもつ研究者やエンジニアとかそっち側の経歴をもつのはほとんどいない


著名な自動車評論家の年齢みると90年代以前に学生を過ごした世代なんで
基本的に車好き=スポーツカーを中心とした走りの車という図式がなりたつし
なかには走りや上がりなんてのもいる



個人的には国沢さん…あの人ラリーとかにでるのはいいが自分の走行映像公開するのはやめたほうがいいと思う(笑)

なんでもかんでもサイド引いてケツながすから、つねに片手ハンドルのせいで操作が追いつかなくなってパイロンはずしてターンはあたりまえで、最終的に藪につっこんだりするし

ああいうみちゃうと走行性能を云々するインプレッションも説得力が(苦笑

_ aikobros ― 2015/10/22 19:15

個人的にはトヨタ車買う気しないな。不安を持たず乗れる国産車は他にもあるし。
トヨタが真面目なのは実は「儲けることだけ」だから燃費とか室内の広さとかせいぜい信頼性とか販売に直結する表面的なところばかりしか気を入れて作ってない。
作り手が只のサラリーマンで全くの仕事として設計してるだけで、
実はクルマに興味は特になく、できたクルマを自分で運転したことないだろ?って言いたくなる変なポイントが必ずある印象。
トヨタばかり買う人は車音痴と言ってよい。

_ (未記入) ― 2015/10/27 11:36

ベスモの動画を信じるならゴルフは旋回ブレーキ中の制御が明らかにおかしい。トヨタはかなり走りこんでデータをフィードバックさせてるみたいで制御・制動ともにVWやAudiよりも上だ。旋回ブレーキ中にダラダラといつまでも止まらないVWの制御が真面目に仕事した結果なのか?

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