オリンパスの元社長Michael Woodfordマイケル・ウッドフォードの記者会見に出席した ― 2011/11/25 20:32
場所は有楽町にある日本外国特派員協会Foreign Correspondents Club of Japan (FCCJ)。
定刻より10分ほど遅れて到着したウッドフォードはメモなしで約20分ほど1981年にオリンパスに就職してから、オリンパス社長を解職されるまでの経緯を語り、その後記者団との質疑応答になった。会場には司会者が「ダライ・ラマが来た時もこんなに盛会ではなかった」と言うほど多数の内外の報道陣が押し寄せ、オリンパス事件への内外報道陣の関心の高さを見せつけた。FCCJにはこれまで内外の政治家やビジネスマンも登場して記者会見をおこなっているので、時の人ウッドフォードは政治家やビジネスマンを霞ませるほどの存在だということになる。
それにしてもあれだけカメラの放列が並び、フラッシュが一斉にパチパチ、パチパチッと光るのを見ると壮観ですねぇ
10月末だと思う(その時点では日本の報道機関によるウッドフォード側に立った報道は極めて限定的であった)、私はこのブログに私なりのオリンパス事件に関する解説記事を掲載しようと原稿を完成させていた。ただ発表は見合わせた。怖かったのだ。
ウッドフォードはオリンパスがアドバイザーに支払った、当時のお金で150億ドルという多額のフィーが日本の黒社会に流れた可能性をきき、身の安全を考え社長解任直後に原宿でフィナンシャル・タイムズの記者との独占インタビューに応じ、その足で羽田空港に向かい、一番早く離日できるキャセイ航空の香港便に搭乗し香港経由でイギリスに帰国している。私も同じようなことを恐れたのだ。
その後ウッドフォードが指摘した問題点がほぼ事実であることが確認され、英米の捜査当局の後を追う形で日本の捜査当局も動き出し、遅ればせながら日本の報道機関も事態の報道をキチンとするようになった。10月26日にウッドフォードを解職した当時のオリンパスの会長であった菊川剛以下3名が職責を離れ(ちなみに菊川以下は11月24日取締役を辞任。ウッドフォードは依然取締役だ)、第三者委員会が設置されて事態の解明が徐々に進んでいる状況だ。私の懸念が完全に消えたわけではないが「まあ良いか」というところだ。もっとも黒社会への資金還流問題はいまだに調査中で、結論が出ているわけではなく、会社設置の第三者委員会の調査が不足なら、捜査当局が資金の流れをキチンと調査して行きさえすれば、ことの真否が解明できると思う。
今日の記者会見内容はいずれ内外の報道機関が報道することになると思うので、私は一ビジネスマンという観点から印象を数点書いてみたい。
ウッドフォード解任に至る経緯の説明を会社側のみに取材源を求めた日本の大手メディアのオリンパス報道は初動で完全につまずいたといえる。大手メディアならロンドンに支局があり、ウッドフォードをロンドンでインタビューできたはずなのにだ。一方、フィナンシャル・タイムズにexclusive特ダネを譲った形のアメリカの経済紙Wall Street Journalや一般紙ニューヨーク・タイムズNew York Timesのその後の報道ぶりはまさに調査報道investigative journalismとは何かを示していた。
しかし、オリンパスの決算に問題があるということを最初に報道したのは欧米メディアではない。元日経記者の阿部重夫が発行する雑誌Factaが7月にオリンパス社内からの内部告発を得て記事を掲載したのがことの始めだ。Factaの記事なかりせば、またその記事の存在を温泉でウッドフォードに伝えた彼の日本人の友人がいなければ、ウッドフォードは未だにオリンパスの社長として(そして菊川は会長兼ウッドフォードの後見人として)、オリンパスのリストラやコスト削減を通じた採算性向上に汗水流していただろう。そしてオリンパスが立ち直ったところでウッドフォードは会長にでもなって第一線を退き、後任は菊川の腹心森久志副社長(前)が社長に就任することになったのだろう。これは私の勝手な感想ではなく、ウッドフォードが記者会見で語ったことだ。ちなみに阿部はFCCJに来ていた。遅れて来たらしくオーバーを着たままで立ち見だったが、壇上のウッドフォードに「アベサーン」と紹介されると手を振ってこたえていた。
確かにこの世にはブラックジャーナリズムというものが存在する。それらが存在するために、Factaのようなマトモな雑誌ジャーナリズムもキワモノとしてj十把一からげで扱われる傾向がある。困難な作業ではあるが、我々は何がブラックで、何がマトモなのか判断する目を養わねばならない。そのためには自分が報道を取捨選択できる価値基準を持っていなければならない。インターネットであれこれ情報が行き交う現状ではなおさらだ。
しかしやはり日経新聞は業界御用新聞なんだと思った。結構美人で、白と黒のドレスを着こなして来ていた若い日経の女性記者が質問に立った。彼女に対するウッドフォードの最初の言葉。
Oh, I know you, you are Kikukawa’s favorite(アアあなたなら知ってる、菊川のお気に入りだろ)。彼女の名誉の為に言えば、ウッドフォードにそう言われてもめげずに結構上手な英語で質問をしていたことだ。大した質問ではなかったので内容はメモらなかった。
どこかの記者が「資料を日本の捜査当局に始めから持ってゆくことを考えなかっのか?」と質問した。これに対してウッドフォードは参加者に挙手を求めた。あなたなら自分が発見したことをまずフィナンシャル・タイムズの記者に話すか?それとも日本の捜査当局にもってゆくか?と。会場の相当数が前者を選択した。ちなみにFCCJのメンバーの過半は外国人特派員ではなく、アソシエートといわれる非報道会員だ。そしてアソシエートの過半は日本人だ。今日の参加者も過半が日本人だ。また外国報道機関の特派員が日本人である場合も多い。その日本人が大挙して前者を選択したのである。
確かに日本の捜査当局も報道される内容の証拠を見せられたら捜査はしただろう。しかし、彼らに国際基準のforensic accounting犯罪捜査的会計検査のノウハウがあるのだろうか?畢竟そのようなノウハウを持っていても、事実関係が明白になったところで穏便に菊川とせいぜい後数名に詰め腹を切らせ、大事にならないうちに穏便に一件落着にするのではないだろうか?それで事件の報道もしぼみ、現状が取り繕われる。なんとなくそういう絵が見える。私は日本の捜査当局がこの「穏便に一件落着」の機会を奪われ、外国の捜査当局とある意味競争させられる状態になったことは、日本の捜査当局の捜査のやり方に今後どれだけの影響を与えてゆくのか興味津々だ。
ウッドフォードは日本のモノ作りを高く評価している。ただしその上に乗っている経営の方の評価は低かった。彼の見立てでは選択と集中ができないので、会社の資源が分散され、無駄遣いされ、せっかく高度のモノ作りでできたものの付加価値が社内にばらまかれていることを指摘していた。ウッドフォードは「株式の持ち合いを解除し、もっと株主が経営にモノ申すようになり、外国人を雇って、社内の多様性を触発し議論を活発化させることで、選択と集中が進むと思う」といっていた。
単純にそうなのだろうか?今ダメな案件でも見直さずに日の目を見るまで残してくれるユルさ、つまり選択と集中を強く推進しない側面が日本の経営にあるからこそ、新製品が出て来て大当たりしたりすることもあることを忘れてはならない。このあたりウッドフォードが言うほど単純に選択と集中と製品の付加価値向上が結び付くわけではないのが悩ましいところだ。
余談になるが、選択と集中のことをウッドフォードはselect and focusと言っていたが、アメリカの経営学書ではこれはselection and concentrationとなっていると思う。このように英語の方が米語より簡単な言葉で的確に内容を示す場合が多い。
オリンパスの株価は「黒社会への資金流出はあった・なかった」などのちょっとしたニュースが流れるたびにストップ高・安をくり返す状況だが、ウッドフォードは「ITXというウミがまだ手つかずだ」とハッキリ言っていた。ということは悪材料が出尽くしていなということで、オリンパス株は当面カラ売りだ(これは私の感想)。
ちなみにITXは元々2004年に総合商社の日商岩井(現双日)の電子部品部門が独立し2001年にJASDAQに上場した企業だ。上場した時から証券会社の間では「中心となるビジネスがハッキリしないので利益モデルが何かがはっきりしない会社」という評価を持たれていたが、この株式を2004年にオリンパスが買収を始め、現在では8割近く保有している。同社のウェブサイトを見ると今は携帯電話の販売が主たるビジネスのように書かれている。何でこんな会社をオリンパスが買ったんでしょうね?さらに言えば、こういうことを証券アナリストはどう見てたんでしょう?
記者からの質問を正面から受け、メモを見ずに回答するウッドフォードを見ながら、このような人物が日本的な自分の子飼いになると思って社長に「取り立てた」菊川の人を見る目のなさを思った。それだけで菊川はトップの資格を欠いていたと思う。ウッドフォードにオリンパスの取締役会で問題を指摘された時点で、菊川は問題を一身に背負って退陣していればよかったのだ。そうすればそれなりに日本的美学にかなっていたと思うし、会社の延命ももう少し容易だったかもしれない。しかし、殿中で証拠書類をすべて握っている相手に斬りつけ、どっこい相手に切り返されたとなると美学もくそもない。
今となってはオリンパスは菊川一党(つまりはウッドフォード解任を決議した現在の経営陣すべて)を一掃するのが再建の最短距離だとの印象を持って会場を出た。
定刻より10分ほど遅れて到着したウッドフォードはメモなしで約20分ほど1981年にオリンパスに就職してから、オリンパス社長を解職されるまでの経緯を語り、その後記者団との質疑応答になった。会場には司会者が「ダライ・ラマが来た時もこんなに盛会ではなかった」と言うほど多数の内外の報道陣が押し寄せ、オリンパス事件への内外報道陣の関心の高さを見せつけた。FCCJにはこれまで内外の政治家やビジネスマンも登場して記者会見をおこなっているので、時の人ウッドフォードは政治家やビジネスマンを霞ませるほどの存在だということになる。
それにしてもあれだけカメラの放列が並び、フラッシュが一斉にパチパチ、パチパチッと光るのを見ると壮観ですねぇ
10月末だと思う(その時点では日本の報道機関によるウッドフォード側に立った報道は極めて限定的であった)、私はこのブログに私なりのオリンパス事件に関する解説記事を掲載しようと原稿を完成させていた。ただ発表は見合わせた。怖かったのだ。
ウッドフォードはオリンパスがアドバイザーに支払った、当時のお金で150億ドルという多額のフィーが日本の黒社会に流れた可能性をきき、身の安全を考え社長解任直後に原宿でフィナンシャル・タイムズの記者との独占インタビューに応じ、その足で羽田空港に向かい、一番早く離日できるキャセイ航空の香港便に搭乗し香港経由でイギリスに帰国している。私も同じようなことを恐れたのだ。
その後ウッドフォードが指摘した問題点がほぼ事実であることが確認され、英米の捜査当局の後を追う形で日本の捜査当局も動き出し、遅ればせながら日本の報道機関も事態の報道をキチンとするようになった。10月26日にウッドフォードを解職した当時のオリンパスの会長であった菊川剛以下3名が職責を離れ(ちなみに菊川以下は11月24日取締役を辞任。ウッドフォードは依然取締役だ)、第三者委員会が設置されて事態の解明が徐々に進んでいる状況だ。私の懸念が完全に消えたわけではないが「まあ良いか」というところだ。もっとも黒社会への資金還流問題はいまだに調査中で、結論が出ているわけではなく、会社設置の第三者委員会の調査が不足なら、捜査当局が資金の流れをキチンと調査して行きさえすれば、ことの真否が解明できると思う。
今日の記者会見内容はいずれ内外の報道機関が報道することになると思うので、私は一ビジネスマンという観点から印象を数点書いてみたい。
ウッドフォード解任に至る経緯の説明を会社側のみに取材源を求めた日本の大手メディアのオリンパス報道は初動で完全につまずいたといえる。大手メディアならロンドンに支局があり、ウッドフォードをロンドンでインタビューできたはずなのにだ。一方、フィナンシャル・タイムズにexclusive特ダネを譲った形のアメリカの経済紙Wall Street Journalや一般紙ニューヨーク・タイムズNew York Timesのその後の報道ぶりはまさに調査報道investigative journalismとは何かを示していた。
しかし、オリンパスの決算に問題があるということを最初に報道したのは欧米メディアではない。元日経記者の阿部重夫が発行する雑誌Factaが7月にオリンパス社内からの内部告発を得て記事を掲載したのがことの始めだ。Factaの記事なかりせば、またその記事の存在を温泉でウッドフォードに伝えた彼の日本人の友人がいなければ、ウッドフォードは未だにオリンパスの社長として(そして菊川は会長兼ウッドフォードの後見人として)、オリンパスのリストラやコスト削減を通じた採算性向上に汗水流していただろう。そしてオリンパスが立ち直ったところでウッドフォードは会長にでもなって第一線を退き、後任は菊川の腹心森久志副社長(前)が社長に就任することになったのだろう。これは私の勝手な感想ではなく、ウッドフォードが記者会見で語ったことだ。ちなみに阿部はFCCJに来ていた。遅れて来たらしくオーバーを着たままで立ち見だったが、壇上のウッドフォードに「アベサーン」と紹介されると手を振ってこたえていた。
確かにこの世にはブラックジャーナリズムというものが存在する。それらが存在するために、Factaのようなマトモな雑誌ジャーナリズムもキワモノとしてj十把一からげで扱われる傾向がある。困難な作業ではあるが、我々は何がブラックで、何がマトモなのか判断する目を養わねばならない。そのためには自分が報道を取捨選択できる価値基準を持っていなければならない。インターネットであれこれ情報が行き交う現状ではなおさらだ。
しかしやはり日経新聞は業界御用新聞なんだと思った。結構美人で、白と黒のドレスを着こなして来ていた若い日経の女性記者が質問に立った。彼女に対するウッドフォードの最初の言葉。
Oh, I know you, you are Kikukawa’s favorite(アアあなたなら知ってる、菊川のお気に入りだろ)。彼女の名誉の為に言えば、ウッドフォードにそう言われてもめげずに結構上手な英語で質問をしていたことだ。大した質問ではなかったので内容はメモらなかった。
どこかの記者が「資料を日本の捜査当局に始めから持ってゆくことを考えなかっのか?」と質問した。これに対してウッドフォードは参加者に挙手を求めた。あなたなら自分が発見したことをまずフィナンシャル・タイムズの記者に話すか?それとも日本の捜査当局にもってゆくか?と。会場の相当数が前者を選択した。ちなみにFCCJのメンバーの過半は外国人特派員ではなく、アソシエートといわれる非報道会員だ。そしてアソシエートの過半は日本人だ。今日の参加者も過半が日本人だ。また外国報道機関の特派員が日本人である場合も多い。その日本人が大挙して前者を選択したのである。
確かに日本の捜査当局も報道される内容の証拠を見せられたら捜査はしただろう。しかし、彼らに国際基準のforensic accounting犯罪捜査的会計検査のノウハウがあるのだろうか?畢竟そのようなノウハウを持っていても、事実関係が明白になったところで穏便に菊川とせいぜい後数名に詰め腹を切らせ、大事にならないうちに穏便に一件落着にするのではないだろうか?それで事件の報道もしぼみ、現状が取り繕われる。なんとなくそういう絵が見える。私は日本の捜査当局がこの「穏便に一件落着」の機会を奪われ、外国の捜査当局とある意味競争させられる状態になったことは、日本の捜査当局の捜査のやり方に今後どれだけの影響を与えてゆくのか興味津々だ。
ウッドフォードは日本のモノ作りを高く評価している。ただしその上に乗っている経営の方の評価は低かった。彼の見立てでは選択と集中ができないので、会社の資源が分散され、無駄遣いされ、せっかく高度のモノ作りでできたものの付加価値が社内にばらまかれていることを指摘していた。ウッドフォードは「株式の持ち合いを解除し、もっと株主が経営にモノ申すようになり、外国人を雇って、社内の多様性を触発し議論を活発化させることで、選択と集中が進むと思う」といっていた。
単純にそうなのだろうか?今ダメな案件でも見直さずに日の目を見るまで残してくれるユルさ、つまり選択と集中を強く推進しない側面が日本の経営にあるからこそ、新製品が出て来て大当たりしたりすることもあることを忘れてはならない。このあたりウッドフォードが言うほど単純に選択と集中と製品の付加価値向上が結び付くわけではないのが悩ましいところだ。
余談になるが、選択と集中のことをウッドフォードはselect and focusと言っていたが、アメリカの経営学書ではこれはselection and concentrationとなっていると思う。このように英語の方が米語より簡単な言葉で的確に内容を示す場合が多い。
オリンパスの株価は「黒社会への資金流出はあった・なかった」などのちょっとしたニュースが流れるたびにストップ高・安をくり返す状況だが、ウッドフォードは「ITXというウミがまだ手つかずだ」とハッキリ言っていた。ということは悪材料が出尽くしていなということで、オリンパス株は当面カラ売りだ(これは私の感想)。
ちなみにITXは元々2004年に総合商社の日商岩井(現双日)の電子部品部門が独立し2001年にJASDAQに上場した企業だ。上場した時から証券会社の間では「中心となるビジネスがハッキリしないので利益モデルが何かがはっきりしない会社」という評価を持たれていたが、この株式を2004年にオリンパスが買収を始め、現在では8割近く保有している。同社のウェブサイトを見ると今は携帯電話の販売が主たるビジネスのように書かれている。何でこんな会社をオリンパスが買ったんでしょうね?さらに言えば、こういうことを証券アナリストはどう見てたんでしょう?
記者からの質問を正面から受け、メモを見ずに回答するウッドフォードを見ながら、このような人物が日本的な自分の子飼いになると思って社長に「取り立てた」菊川の人を見る目のなさを思った。それだけで菊川はトップの資格を欠いていたと思う。ウッドフォードにオリンパスの取締役会で問題を指摘された時点で、菊川は問題を一身に背負って退陣していればよかったのだ。そうすればそれなりに日本的美学にかなっていたと思うし、会社の延命ももう少し容易だったかもしれない。しかし、殿中で証拠書類をすべて握っている相手に斬りつけ、どっこい相手に切り返されたとなると美学もくそもない。
今となってはオリンパスは菊川一党(つまりはウッドフォード解任を決議した現在の経営陣すべて)を一掃するのが再建の最短距離だとの印象を持って会場を出た。
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