適材適所は世界中から ― 2009/12/07 22:19
毎週日曜日になると香港島のビジネス街セントラル(中環)、ビクトリア公園、対岸の九龍半島のツィム・シャ・ツイ(尖沙咀)の香港カルチャラル・センター(香港文化中心)といった場所はフィリピン人のお手伝いさんたちに占拠される。彼女たちは三々五々と集まりビルの入り口の階段などに座って弁当を食べたりクニの言葉で(フィリピンにはメジャーな言語だけで10言語が存在する)おしゃべりに興じたりして一日を過ごす。人口700万人の香港には約14万人のフィリピン人女性がお手伝いさんとして働いている。彼女たちは香港特別行政区政府入境事務処の定める英文の標準労働契約Standard Employment Contractに基づき2年契約で香港に働きに来ている。香港には約25万人のお手伝いさんが働きに来ているので、フィリピン人のお手伝いさんはお手伝いさん人口の半分強を占めるということになる。
香港政府のウェブサイト
http://www.gov.hk/en/residents/employment/recruitment/domestichelper.htm
によればお手伝いさん導入にかかわる条件は以下の通りだ:
1. 雇主の月収15,000香港ドル(約175,000円、年収210万円)につきお手伝いさん一人を雇える。本年6月の香港人の平均賃金が月11,603香港ドル(約143,000円)なので、ずいぶん低いハードルだ。
2. 毎月400香港ドル(約4,700円)のEmployees Retraining Levy(従業員再教育課金)を香港政庁に対し支払う(ただし特例により2008年9月から2年間限定で停止されている)。
3. 雇主が賃金支払を保証する賠償保険に加入し、医療費を全額負担すること(香港政庁では雇い主に対して賃金と医療費の負担をまとめて保証する保険に加入することを勧めている)
4. お手伝いさんは雇主の提供する場所に居住し雇い主から食事を提供される。アルバイトは禁止。週休1日で、賃金は香港政庁の定めるMinimum Allowable Wage(MAW、最低賃金)以上。ちなみにMAWは2008年7月より毎月3,580香港ドル(約42,000円)。雇主が食事を提供しない場合、これに毎月最低740香港ドル(約8,600円、一食100円弱!いくら香港の屋台が安いと言ってもこれではねぇ)の食費補填を加えることが定められている。一日の実働時間を10時間、毎月の労働日を25日とすると、住居・食事付といっても時給170円ですよ!
これで日曜に香港島のそこここにフィリピン人のお手伝いさんたちがたむろする理由がわかると思う。日曜は彼女たちにとって週1日の貴重な休日なのだ。
自由主義経済を標榜する香港では公立の保育園がない(代わりに政府の補助を得ている幼児中心というものがある)とかいった事情があるにせよ、ずいぶんお手伝いさんを外国から連れて来やすいようになっていることがわかる。
シンガポールの場合をシンガポール政府のMinistry of Manpower(労働省)のウェブサイト
から拾ってみよう。
シンガポールは公立の保育園などが存在しているので、このウェブサイトを見ても
You should consider your decision to employ a Foreign Domestic Worker
(FDW) seriously. There are other alternatives such as childcare centres,
play schools and homes for the old or sick.保育園、老人ホーム、養護施設などの施設もあるので、雇主は外国人のお手伝いさんを雇うべきかどうか可否に月真剣に考えるべきである。
とまず最初に記載したうえで、制度の説明に入っている。
注目すべきはお手伝いさん候補の資質について香港に比べいろいろ条件がついていることだ。
シンガポールでお手伝いさんとして働くことを希望する女性(ウェブサイトを見ると女性しか想定していない)は8年間の教育を受けており、英語で課される試験に合格する必要がある。試験の設問は「主人がいないとき赤ちゃんが泣き出し、熱があると判断される場合のもっとも適当な対処法を以下4例の中から選択せよ」と言った内容だ。試験は3回まで受験できるが、おそらく日本の平均的な中卒者の(否高卒者の)英語力ではこのテストに合格できないだろう。もっともシンガポールの場合、受入国をバングラデッシュ、インド、インドネシア、マレーシア、ミヤンマー、フィリピン、スリランカ、タイに限定しているので、日本人はそもそも対象外だ。3回不合格となったものは職業紹介所の責任で帰国させられる。
合格者には4時間のSafety Awareness Course(安全認識コース)と言うシンガポールでの生活に関する注意事項についての研修が施される。
資質についての条件がアレコレついている割には、香港ほど最低賃金とか居住スペースとか休日についての条件がハッキリしていない。
これだけ条件がついて、労働条件のほうがはっきりしないのに、人口470万人のシンガポールでは約18万人のお手伝いさんが働いている。香港より「外国人のお手伝いさん密度」が高いわけだ。
香港にしてもシンガポールにしても女性の社会進出が進んでいることで知られている。社会進出が進むひとつの背景には、このようにお手伝いさんを比較的自由に雇うことができ、育児や家事についての心置きなく臨めるようになっているという側面は看過できない。日本も人材不足だ、女性の社会進出が進んでいない、と言うならこの辺香港やシンガポールの例を見習ってはどうだろう(中国でもソレナリの家庭ではフィリピン人のお手伝いさんを雇っているとか言う話を聞いた)。
育児や家事だけではない。香港やシンガポールでは老人や病人の介護現場でもお手伝いさんは活躍している。
翻って日本。もう10年以上昔の話だが妻に先立たれた。小学校に通っている子供がいるので地元の区役所に行って事情を説明すると、区の認定する家政婦紹介所からお手伝いさんを派遣してもらえる切符があるという。区役所の窓口で切符を買って紹介所に電話をかけるがどれも「今すぐといわれても適当な人がいない…」と埒が明かない。やっと一人来てもらったら数回来てから辞められた。「すぐ次の人を送ります」と言われてやってきたおばあさんはなんと味噌汁も作れない人だった。そのときは家庭科で味噌汁の作り方を覚えたばかりの息子が代わりに味噌汁を作ったが、この世に味噌汁の作り方を知らないおばあさんがいると言うのは驚きだった。と言う感じで途方にくれたことを覚えている。
その後今度は父が脳内出血で要介護の状態となった。「区の施設にでも」と思ってまた区役所に相談すると「ウェーティングリストが長い、家で介護しては」といわれ断念することになった。結局父の預金や年金を介護につぎ込んでヘルパーさんに来てもらうことになったが、このヘルパーさんが長続きしない。平均して年2~3回入れ替わると言う感じだ。そのたびにイチイチ新しいヘルパーさんにあれこれ説明し、来たての頃はその通りのケアがなされているかフォローしなければならない。
確かに現在不況で家政婦やホームヘルパーになろうという日本人が増えてきたので多少状況は変わってきたのかもしれない。しかし、単純に人を充てればよいという問題ではない。私の例から明らかなように、日本人の中だけで家政婦やヘルパー要員を求めれば「家政婦やホームヘルパーにでもなろう」と言う本来家政婦やホームヘルパー向きでない人が相当数混じることを覚悟する必要がある。
香港やシンガポールの例がベストだとは言わない。雇用条件も決して良いとはいえない。しかしそれにもめげず「行こう」と言う供給側の圧力があるのが現実だ。働きたいという人がいて、その人の供給する労働に対するニーズがあるなら柔軟に対応している香港やシンガポールの姿勢は見習うべき点がある。
適材適所という言葉がある。家政婦やホームヘルパーに不適格な人々は社会のもっと別な分野で活用することを考え、家政婦やホームヘルパーの不足分は外国人労働者をどんどん受け入れて補充した方がこれから高齢化する日本のニーズにあっているのではなかろうか?
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