Iron Dome(鉄のドーム)2014/07/30 17:31

またまたイスラエルとガザ地区を統治しているハマスの間の争いが活発化してきている。今日現在でガザ地区の軍民合わせて死傷者が7,000名を越え(内死者は1,000名以上)、イスラエル側もガザ地区に攻め込む地上戦を開始したため主として兵士の死者が40名を越えている。ハマスのロケット攻撃の結果イスラエルの民間人も数名死亡している(内1名はタイ国籍の農業労働者)。

手短に背景を説明すると次のようなことになる。

2006年のパレスチナにおける総選挙の結果、ヨルダン川西岸地区では故アラファト議長が率いていたファタが、ガザ地区ではハマスがそれぞれ政権とっている。ハマスがイスラエルの存在を認めない政党であることを理由に、イスラエルはハマス政権の存在を認めず、一貫してガザ地区を封鎖してきた。故アラファト議長及び彼と関係したファタ勢力の腐敗に比べ、ハマスは鉄の統治でガザを抑えこんでいるが比較的クリーンであるとされているが、その一方でガザにおけるライフラインを握ることで、膨大な利益を上げているとされる。皮肉なもので、イスラエルによるガザ封鎖がなければハマスがこのような手段で利益を上げることはかなわないわけで、イスラエルはハマスの育成に手を貸していることも見逃せない。

このようなガザの住民の行き場のない絶望感を背景にガザ地区からはイスラエルに対する無差別ミサイル攻撃や地下道を穿って兵員を送り込んでのイスラエルへの攻撃が行われ、イスラエルがそれに反撃しているというのが現在の情勢だ。

興味深いのは、本来ハマスを支援していてもおかしくないアラブ諸国の対応だ。なかんずくガザ地区南部で国境を接するエジプトの動向だ。エジプトはモルシMohammad Morsi政権(在任2012-13年)の約1年間を除けばハマスをテロ集団と位置づけ、一貫してイスラエルのガザ地区封鎖に加担してきている。元々ハマスはモルシ政権の基盤である回教同胞団Muslim Brotherhoodから独立した組織であり、そのせいでモルシ政権は親ハマスだったが、それ以外の近年のエジプトの指導者は一貫して陸軍出身で、「アラブの大義」を捨てエジプトの経済立て直しのためにイスラエルとの和平を進めた陸軍出身のサダトAnwar Sadat大統領以来、回教同胞団と敵対する関係にあるからだ(Sadatは1981年に回教同胞団の暗殺者の凶弾に倒れた)。

現在の事態を収束させるためには、イスラエルによるハマス政権の認知と、ハマスによるイスラエルの存在の認知という相互認知が第一歩であり、それを招来するためにエジプトがハマスを、アメリカがイスラエルをそれぞれ抑え説得できればベストだ。しかし、上述の通りエジプトの現政権当局者はハマスと友好関係を保っておらず、ハマスの説得もまた「イスラエルを抑えられる」アメリカが「イスラエルと一体」と仲介者としての資質を疑われつつも担当しなければならない。しかし現在のネタニャフBenjamin Netanyahuイスラエル首相とアメリカのオバマBarak Obama大統領との関係は冷えており、イスラエルがアメリカの説得に積極的に耳を貸す状態ではなく、アメリカの調停には非常な困難が伴っている。

また、調停が成り立っても、これまで同様イスラエル/ハマス双方が力尽きて仲介を受けて休戦となるケースで当面の決着がつくものとみられるが、このやり方では不完全燃焼した双方の怨念ばかりが積み重なり、戦闘と休戦のサイクルが止むことはないだろう。

閑話休題。

今回の紛争で非常に注目されるのはイスラエルの対ミサイル防衛力の優秀さだ。ハマスのロケットはいまのところ誘導装置のついていない、いわば「地上に落下するように設計された打ち上げ花火」だが、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」的にガザ地区から多数発射される。到達距離の長いもので200キロ近い航続距離があるので、イスラエル北端(ガザはイスラエルの南端)まで届くケースもある。しかし今回の紛争では、その乱射されるロケットの9割方が「鉄のドーム」というアメリカの資金援助を受けてイスラエルが開発したロケット防衛システムによって撃ち落とされているのである。

北朝鮮のノドンミサイルが話題になっていた頃、「北朝鮮との対話の重要性」を説く大学の先生とメールでやりあったことがある。私は「北朝鮮のように何をしでかすかわからない国相手には、第一義的にはこちらが先制攻撃の能力や有効なミサイル迎撃システムを持っているべきだ」という立場なので、その先生の

* 日本と北朝鮮は距離的に近いので打ち上げられてしまったミサイルを追尾して撃ち落とすことはほぼ不可能だ

* だからミサイル防衛のような軍事技術開発努力よりも対話努力の方が大切だ

という立場とは当然議論が平行線になった。

今その彼と議論すると、恐らく彼はイスラエルの鉄のドームの優秀性を認めながらも、迎撃できなかった1割が着弾するリスク回避のための対話の重要性を強調するのだろうと思う。

イスラエルの中でも恐らくこの種の議論は行われており、その結果として「着弾のリスクはあっても国家を維持する上でそれは受容されるべき範囲のリスクacceptable degree of riskだ。無論今後共着弾のリスクの極小化に向けて継続的な技術開発は行う」というコンセンサスが形成されているものと思われる。

これは建国以来継続的な周辺諸国との紛争を経験してきたイスラエルの、いわば戦いによって鍛えられたbattle hardened状況認識だと思う。この厳しい冷静さと、アメリカ国内のユダヤ人の政治的な影響力に基づくアメリカ政府の継続的な財政支援や国際社会におけるイスラエルの立場の代弁こそが今日までイスラエルが存在することができた理由だと思う。

優秀なミサイル防衛システム開発にはこのような背景があるのだ。

水のなるほどクイズ2010