チリ地震に思う2010/03/06 11:59

現地時間2月27日午前3時34分(日本時間2月28日午後4時34分)チリ中部にあるチリで二番目の都市Concepcionコンセプシオンをマグニチュード8.8の地震が襲った。ちなみに1995年の阪神・淡路大震災のマグニチュードは7.3、記憶に新しい今年の1月12日のハイチの首都Porte-au-
Princeポルト・オー・プランスを襲った地震のマグニチュードは7.0なので、いかに今回のチリで起きた地震の規模が大きなものであったかがわかる。

私は仕事で二回チリを訪問したことがある。一度はチリ北部をプラント建設に関する打ち合わせで訪問したが、その際現地のパートナーが耐震設計及び施工について非常に真剣にとらえていたことを記憶している。「耐震設計の義務はあるが、設計は設計として施工のほうは適当に」というのとはおよそ異なる対応だった。

サンフランシスコ湾を横断するBay Bridgeが崩落した1989年のアメリカのサンフランシスコ地震(マグニチュード6.9)の際、日本の専門家は「日本の建築は耐震強度を十分とっているのであのようなことにはならない」といっていたが、阪神・淡路大震災では耐震設計施工がなされていたはずの高速道路が倒壊したりして当の日本の耐震設計基準の見直しが必要ということになり、その後姉歯耐震設計強度偽装事件で建築確認制度にも問題があることが発覚してしまった。耐震設計については、そもそもちゃんとした基準が存在していることと、その基準がキチンと適用されていることが必要だ。日本の場合はその両方について黄信号がともったわけだ。

今回の地震での死者は現状で700名強。これは人口約1660万人のチリ全体での死者の総数だ。ちなみにコンセプシオン市およびその周辺の市の人口は約90万人だ。一方今回のコンセプシオン市より震度が低かった阪神・淡路大震災の死者は人口150万の神戸市だけで公式統計によれば4564名、全体では6434人。チリに対比すれば、たとえ死者700名強のすべてがコンセプシオン市域で発生したと仮定しても神戸のほうが人口に対する死亡者の割合が高い。

地震国日本の建築基準を設計したり、制度を運用したり、震災対策に関与している業界や官庁はこの事実を重く受け止め、チリの現地に人を派遣し日本の耐震設計基準に、或いは震災対策に更に磨きをかけてもらいたい。

出張した際のチリについていくつか印象があるが、チリ人が自慢げに「交通違反をして警察官に止められたら、南米の他の国なら警察官に小金をつかませれば見逃してくれるが、チリでそれをやれば警察官に捕まる」と言われたことを覚えている。後日アルゼンチンに出張した際その話をしたら「まあその通りでしょうな」と言われたので一層その記憶が鮮明だ。

ところが今回は救援物資の到着が数日遅れたこともあり、コンセプシオン市内各地でスーパーマーケット略奪が起き、大統領の要請で軍が出動する事態になった。阪神・淡路大震災では、このようなことはおきておらず(「ウサンクサイおじさんたちが倒壊住宅をのぞいていた」という類の話は枚挙にいとまないが)、日本人の秩序意識の高さを誇るむきがある。しかし、阪神・淡路大震災の際、神戸の隣の大阪は殆ど無傷で消防車や救急車がかけつけ(大阪の消防車のホースのカプリングが神戸の消火栓のカプリングとが合わず消火活動に支障がでたと言ったマンガのような話があるが)、救援物資もすぐ届けることができた。一方チリの場合コンセプシオン市域を離れれば約600キロ離れた首都のサンチャゴや港湾都市ヴァルパライソまでは約200キロ離れた人口17万人のChillanチラン市、人口19万人のTalcaタルカ市以外これといった都市はない。そのチラン、タルカ両市にも甚大な地震被害がでている。さらに道路も鉄道も寸断されているという状況で、救援物資の到着が遅れたのにはそれなりの理由があったといえる。我々はこのような状況におかれたとき、果たしてまったく暴動や略奪がおこさないと断言できるのだろうか?

尚1月におきたハイチの地震の場合、そもそも1842年以来地震が発生したことがなく、そのため国として震災に対する意識が低く、また建築基準法が実質的に存在しないような国なので、今回の考察の対象外としている。

カシミール問題2010/03/08 22:31

2008年11月26日、パキスタンを本拠地とする回教過激派Lashkar-e-Taibaラシカール・エ・タイバ(ウルドゥー語で「正義の軍団」の意)の構成員10名がムンバイに上陸し高級ホテル、ターミナル駅、病院を含む市内各所で銃撃戦を展開し死者166人負傷者308人の大惨事を引き起こした。インドではこの事件はtwenty-six eleven 26/11とよばれ、英語圏でnine eleven 9/11とよばれる回教徒過激派アル・カイダによる2001年9月11日のニューヨークの世界貿易センタービルとワシントンの国防省ビルに対する攻撃と比肩されて語られる。パキスタンは事件発生後自国籍の関係者の関与を一切否定していたが、2009年1月9日に逮捕された唯一の構成員(他の構成員はインド治安当局との銃撃戦で死亡)がパキスタン国籍であったことを認め、更に2月12日にパキスタンでこの事件が計画されたことを認め関係者の逮捕に踏み切ったが、一部の関係者は逮捕されても外部との交信がいくらでも可能なゆるい自宅軟禁であったり、すぐ釈放されるなどインド側から見るとはなはだ不満足な追求しか行なわれていない。

26/11の結果インドはパキスタンとの間で進めていた国交安定化交渉を中断していたが、事件発生後1年半近くたった2月25日にようやくインドとパキスタンの外務次官級の会談が行なわれた。もっとも会談はパキスタン国内の回教過激派に対する追求の強化を求めるインド側と、カシミール問題を含むComposite Dialogue総合的対話の再開を求めるパキスタン側の間で議論が並行線に終わった。

世界には発火点と言われる、いつ戦争が起きてもおかしくない地域がいくつかある。イスラエルはそのような場所だし、カシミールもそのような場所だ。この二つの発火点の場合、争いが局地戦で留まっていれば良いが、当事者が核武装しているし、当事者の背後にはイスラエルの背後のアメリカのような大国のスポンサーがいる場合があるので注意していないと局地戦がより大きな戦争に発展してしまう危険性がある。そのような関心を持ってカシミール問題について書いてみたい。

カシミール地方はインドとパキスタンと中国との間にある。行政的にはインドが14.1万平方キロ、パキスタン8.6万平方キロ、中国が3.8万平方キロをそれぞれ実効的支配しているが、インドはパキスタンと中国が統治している部分についての領有権を主張しているし、パキスタンはインドが統治している部分も含め帰属は未定と言う立場をとっている。中国は1962年の中印戦争の結果軍事境界線が確定した地域は元々自分のもの(新彊省の一部)という立場で、パキスタンが実効支配している地域と中国領との間の国境線を画定している[註 1]。

[註 1] インドはこの国境線を認めていない。

現在のカシミールの中心部は概ねPir Panjalピール・パンジャル山脈及びそれに囲まれたVale of Kashmirカシミール盆地といわれる地域だ。この地域は元々は回教系の藩王が統治していたが、19世紀始めシーク教徒[註 2]の豪族が回教徒の藩王を駆逐し新たな藩王となり、1846年には英国から大幅な自治権を認められ、版図を概ね現在インドが考えるカシミール地方全域に拡大していった。

[註 2] Guru Nanakグル・ナナックが16世紀に始めた回教とヒンズー教双方の要素を取り入れた宗教。男子の信者は髪の毛と髭を切ってはならないものとされるため、束ねた髪を包むためのターバンを巻いている。インドの現首相Manmohan Singhマンモハン・シンはシーク教徒。

カシミール地方は峻厳な山脈によって分断されており、それぞれの地域は独自の文化を保有しているため客観的にはカシミールが一つという言い方はできない。例えばインド側のLadakhラダク地方にはチベット系の人々が住みチベット仏教を信仰しているが、カシミール全体で言えば回教徒が圧倒的に多い。民族や宗教のみならず地理的にもカシミールは多様だ。ラダク地方や中国が実効支配するAksai Chinアクサイ・チン地方は標高3000~5000mの高地の砂漠地帯だが、インドが統治しているJammuジャム地方は温暖な平地だ。

このようにいろいろな民族的、文化的、地理的要素を含むカシミールはインドとパキスタンが独立するとき両国の間でその帰属が争われ、パキスタンが自国への併合を目的にPashtunパシトゥン人[註 3]ゲリラを送り込んだため当時の藩王Hari Singhハリ・シンが独断で1947年10月にインドに帰属することを決めインドがこれを認めた。パキスタンはこれを不服とし第一次印・パ戦争が勃発した。1948年末に国連の調停により休戦協定が締結され、カシミールの帰属を決めるための住民投票が行なわれることになっていたが、回教徒が人口の過半を占めるカシミールで住民投票が行なわれればパキスタンへの帰属が決まることを恐れるインドがさまざまな理由をつけて住民投票を実施しないまま今日に至っている。インドもパキスタンも両軍が停戦した軍事境界線を正式な国境線とは認めていないのでこの国境線は両国ともline of control (LOC)実効支配線だと言っている。

[註 3]パシトゥン人はパキスタンとアフガニスタンにまたがる尚武の民族。「パキスタンはFailed
Stateか?(2/2)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/15/4245648
の記述も参照ねがいたい。

その後1949年に藩王が退位し、インド側のカシミールがインドの一つの州となってからは州議会が普通選挙で選ばれ、州首相はその州議会で選ばれるので州首相は回教徒となっているが、ヒンズー教徒のインド人がどんどん入ってくるし、中央政府のトップ層はヒンズー教徒だしと言うことで、カシミールの回教徒が不満を募らせるのは当然の成り行きだ。しかし、カシミールの少数派であるヒンズー教徒や仏教徒にとっては、信教の自由を国是とするインドによる統治のほうがよかったと思う。

問題を更に複雑にしているもう一つのポイントはインド側のカシミールの回教徒のほとんどはパキスタンで主流のスンニー派に属していることだ。このためインド側のカシミールに住む回教徒は心情的にもパキスタン帰属を願う傾向がある。

パキスタンがおとなしく、外交的に住民投票の実施を要求し続けているだけであれば問題はないが、「パキスタンはFailed Stateか?(2/2)」でも書いたようにパキスタンはインドを第一の仮想敵国と想定しており、パキスタンの軍部はよせば良いのに伝統的にインドにちょっかいを出したがる傾向がある。軍に対する文民統治シビリアン・コントロールが行き届いていれば、それも制御可能だろうが、パキスタンは建国以来軍事クーデターで軍部による政権奪取が頻発し、政権が頻繁に民政と軍政の間を行き来している。民選によって選ばれた今のザルダリ政権にしたところで2008年9月にようやく軍事クーデターによって就任したMusharrafムシャラフ政権と交代したばかりだ。カシミールのこのような存在がすぐそばにあれば、軍の手を出したがる衝動が働くのでカシミールが発火点になる。パキスタンがインド側のカシミールに工作員を送り込んだ結果おこった1965年の第二次印・パ戦争と1999年のKargilカーギル紛争[註 4]はパキスタンの「火遊び」が正規軍どうしが砲火を交える戦争に発展した例だ。

[註 4] 両国が宣戦布告していないので第四次印・パ戦争とは言われないが、実質的には核戦争直前まで行った戦争だ。

正式な戦争に至っていないにせよ、パキスタンは1987年のインド側のカシミール州議会選挙でおきた不正を糾弾する住民運動に乗じ、工作員をインド側のカシミールに増派しており、これがインド側の治安維持手法のまずさと重なり、1980年代の末期以降インド側のカシミールの治安は不安定を続けている。カシミールにはインド側、パキスタン側を問わず、有力な観光資源がたくさんあるのに、これが治安不安のため十分活用されていないのは誠に残念なことだ。

インドとパキスタンと言う核保有国が対峙するカシミール情勢に解決の糸口はあるのだろうか?

単純に「民主的に多数決で」と言うことであれば、カシミールは回教国であるパキスタンに帰属すべきだということになる。もともとのカシミールでは回教徒とヒンズー教徒とが共通の聖人を持つなど、両宗教の間で習合が見られた。このような大らかさが維持できるのであればパキスタンによる統治でよいだろう。しかし、宗教的な多様性に対する許容度の低い現在のパキスタンでこのようなことは期待できない。またパキスタンの工作員の扇動により、そして住民を敵に回すようなインドの治安当局の対応のまずさにより、カシミールの回教徒が追い込まれ先鋭化している現在の状況下ではカシミールの回教徒に宗教的な寛容は望むべくもない。

三度のインドとの戦争や、おびただしい大小の小競り合いを通して、パキスタンはカシミールを不安定にすることには成功しているが、戦争に勝ったということはない。つまり連敗続きなのだ。パキスタンにとって頭が痛いのは、インド側のカシミールを不安定にさせる目的に投入してきたパシトゥン人を筆頭とする勢力がパキスタンの連敗の結果パキスタン領内の不満分子として滞留し、パキスタン自身の治安を脅かしていることだ。

パキスタンの軍部は伝統的に国内のパシトゥン人を抑えておくためにもパシトゥン人を主体とする第二の仮想敵国アフガニスタンの不安定化を指向している。パキスタンに混乱が及びさえしなければ、いや混乱がパキスタン領内に及んでも辺境地帯に限定されているのならば、という条件付だ。現在パキスタン軍が回教徒過激派掃討作戦に出ているのは、回教徒過激派が辺境地帯を越えて活動し始めたからだ。

パキスタンがいい加減に懲りて、現状を表立って認めないまでも黙認し、インド側のカシミールに手を出すことを自制し、インドとの対話を通じて懸案を一歩一歩片付けて行こうと思っても、この不満分子の存在が大きな障害となる。

国を分断する可能性まで出てきた過激派対策と仮想敵国インドとの対峙の国是。そしてその両者をつなぐ軍の諜報機関。パキスタン政府はいつまでこのような綱渡りを続けるのだろうか?

パキスタンのザルダリ政権が最近ようやく腰を上げて軍部を民間がコントロールする方向に徐々に転換しているようにみえることや、国内治安悪化に対応して軍部がイスラム過激派勢力対策の必要性に気づき始めたのは大いに結構なことだ。

インドの民主主義はこう動く--Bt Brinjal(遺伝子組み換えナス)の場合2010/03/12 19:33

Bt BrinjalのBtは土中に住む菌体Bacillus thuringiensisバチルス・チューリンゲンシスの略で、
Brinjalは主としてインド亜大陸で使われる英語でナスのことだ。Bt BrinjalとはBtのCry1A/C遺伝子、別な物質から分離されたNPT11、AAD遺伝子の三つの遺伝子を組み込んだ遺伝子組み換えナスのことだ。

インドは世界最初の遺伝子組み換え野菜Bt Brinjalの上市を目指して官民上げてその開発に取組んでいたが、2月9日に思わぬ番狂わせが起きた。2009年10月にMinistry of Environment
and Forests環境・森林省傘下のGenetic Engineering Approval Committee (GEAC、遺伝子工学許可委員会)がおろした遺伝子組み換えナス上市の許可を、GEACの上部組織である環境・森林省のJairam Rameshジャイラム・ラメッシュ大臣がit is my duty to adopt a [中略] moratorium on the release of Bt-brinjal, till such time independent scientific studies establish, to the
satisfaction of both the public and professionals「[前略] 私の責務は遺伝子組み換えナスの上市を、世間と専門家の納得が得られるまでの間猶予することである」と棚上げにしたのだ。

この件は、インドなりの民主主義がどのように機能するかを示す興味深いケースなので詳しく追ってみたい。論点をはっきりさせるため多少本論からはなれて技術的な内容も加えていることを了承願いたい。

遺伝子組み換えナスは2000年にインドのMaharashtra Hybrid Seed Company (Mahyco)が開発を始めた。Mahycoはインドの篤農家B. R. Barwaleバルワーレが1964年に設立した会社で、遺伝子組み換え種子製造大手である米国企業Monsantoモンサントが26%出資している。

インド料理ではナスが多用される。そのナスの生育過程で害虫により収穫が極端な場合半減するとされる。Mahycoはこの点に目をつけ、遺伝子組み換えナスの開発に着手したわけだ。遺伝子組み換えナスにBtの遺伝子を組み込むことにしたのは、

1. Btそのもの、或いはそれから抽出されたタンパク質結晶が、1920年以来生物由来の殺虫剤として使用されてきたからと、

2. Btから抽出された遺伝子が既に綿やトウモロコシを始めとした広範な遺伝子組み換え作物に利用されているからだ。

遺伝子組み換えナスの開発が進み、データの蓄積も進み、2004年にMahycoによって上市にいたる第一ステップである政府のReview Committee on Genetic Modification(RCGM。遺伝子組み換え検討委員会)に安全性データが提出され、政府の定める規定に基づきいよいよ種子の販売許可を求めるためのプロセスに入ったが、その頃からさまざまな議論がわきおこり始めた。

インド人は「ナスはインドで生まれ、過去4000年にわたり栽培されている野菜だ」として、ナスにある種の思い入れを持っている。事実インドに行くと我々の持つナスのイメージとはおよそ異なる、ウリのように薄緑色のナスや斑入りのナスやトマトのように赤いナスなどさまざまなナスに遭遇する。インドには2500種類のナスが存在すると言う。そのインド人のナスに対する思い入れを遺伝子組み換えナスが刺激したのだ。

2005年に大規模な作付け試験が実施され、2006年に環境・森林省傘下のGenetic Engineering Approval Committee (GEAC、遺伝子工学許可委員会)に安全性データが提出されたが、その頃になると農民や一般市民の間から遺伝子組み換えナスに対する疑問がわきおこり、最高裁判所が試験農場での作付けの差し止めを命令する事態となった。

差し止め命令は2007年には解除され試験のプロセスが再開され、GEACの命令により2007年から2008年にインド国内合計21ヶ所で作付け試験が行なわれ、2009年10月にGEACは遺伝子組み換えナスの上市を許可した。しかし許可が出た翌日にラメッシュ環境・森林大臣がnationwide consultation全国的な公聴会を行なうことを発表。

環境・森林省は2010年1月13日~2月6日にかけてインド全国7ヶ所で公聴会を開催。公聴会には約8000名が参加し、それとは別に約9000通の意見書が提出された。ラメッシュ大臣は同時並行でナスの生産量が多い6つの州の州首相に意見を求め回答を得たが、いずれの州も遺伝子組み換えナス導入については否定的な意思表示をした。この6州とは別に3つの州の州首相からもラメッシュ大臣に遺伝子組み換えナス導入に対し否定的な見解がよせられた。

賛成派の立場がBtは実績も多く安全であり、遺伝子組み換え作物を導入すれば農薬の使用量も減り経済性も上がるし、きちんと管理すれば生物多様性も失われないという立場であるのに対し、反対派の立場は概ね以下5点に集約される:

1. 遺伝子組み換え作物の安全性そのものに対する不安
2. インドでは「きちんと管理」など浸透させるのは困難なので、遺伝子組み換え作物が既存の植物と交雑し、4500種類あるインドのナスの生物的多様性が失われるおそれがある
3. 農民が蒔く種子の85%を農民が自分で作っているインドで、種子を購入させられることになる農村経済に大きな影響がでる
4. インドで広範に普及している遺伝子組み換え綿の例から言って、遺伝子組み換え作物であっても害虫に耐性ができるので、長い目でみれば農薬の使用量が減らない
5. 外国企業であるモンサントに技術を独占されることに対する不安・不満

「遺伝子組み換えナスは植物多様性維持の見地から反対」とするインド植物学界の重鎮、インドの「緑の革命」の父でWorld Food Prizeの第一回受賞者となったM. S. Swaminathanスワミナータン博士が反対派についたことが強みになった。

ラメッシュ大臣が2010年2月9日に出した棚上げ決定は、このような展開を踏まえたものだ。

当然「政府の決めたルールを守っても上市できないようでは、インドの企業家はどうしたらよいのだ」とか、「そもそもBtの安全性は世界中で確認されているのに何でこのようなことになったのか」といった趣旨の声がわきおこった。その一方、私の見た限りでは「これはインド民主主義の勝利だ」と手放しで喜ぶ報道は少数で、むしろ大勢は事実をそのまま報道したうえで「さてこれからどうするか」といった感じだ。

興味深いのは政府の決定に不服な人たちが海外メディア、なかんずくアメリカの経済紙The Wall Street Journal (WSJ) に論説を寄稿し、それが同紙に掲載されているところだ。これらの人々はせめて外圧をかけようとしているのだろう。国際メディアでこの種の論説が続々と掲載されたのがWSJだけであったとか、同紙に反対派の意見が掲載されなかったところをみると、WSJが遺伝子組み換え作物業界の立場を代弁していると言われてもしようがないだろう。

一方インド政府内ではMinistry of Agriculture農業省や、傘下にDepartment of Biotechnologyバイオテクノロジー局をもつMinistry of Science and Technology科学技術省のような遺伝子組み換え作物の積極推進派がいる。農業大臣のSharad Pawarパワール大臣がGEACのExpert
Committee II第二次専門家委員会の委員長Dr Arjula Reddyレディー博士に圧力をかけたとか、科学技術省担当のPrithviraj Chauhanチョーハン大臣が遺伝子組み換えナスに対する疑問を呈示したAnbumani Ramadossラマドス元保健大臣に出した手紙の内容がInternational Service for the Acquisition of Agri-Biotech Applications(ISAAA、国際農業バイオテク技術取得サービス)と言う国際的な業界団体の刊行物をそのまま利用していたとか言った不都合な事実も報道されている。この結果、両大臣とも遺伝子組み換え業界から各種の働きかけを受けたのではないかと疑われることになった。

そのような批判には無頓着に科学技術省は「GEACが環境・森林省傘下にあることこそ問題」として、この際一気にバイオ関係の許認可を自分の省の傘下にしようと今国会にBiotechnology
Regulatory Authority of India (BRAI) Bill of 2009インド・バイオテクノロジー管理機構法の法案を上程している。更にその法案には「条文に示される化合物について科学的根拠のない流言を流すものには最長1年の懲役または20万ルピー(約40万円)の罰金またはその両方を科す事ができる」と言う条文をつけた。原則的には言論の自由が存在するインドでは、このような条文を持つ法律は大変な議論を呼ぶことになるだろう。

素人考えでは2005年に大規模作付け試験に踏み切ってから2006年にもう許可申請とか、申請内容のチェック期間が1年というのは、二毛作を想定しても遺伝子組み換え作物の場合チェック不足ではないかと言う気がする。しかし、このペースは国際的な常識の範囲内で、インドの速度は決して異常ではないようだ。むしろ問題は試験の項目や実施手法で、インド国内で技術的な議論を提起している向きはこの点を突いている。

このプロセスを通して見ているとラメッシュ大臣は遺伝子組み換えナスの認可に徐々に消去的になって行ったような印象を受ける。そして「ラメッシュ大臣は自分の消極性を補強するために問題を公にし、一般の声を吸い上げるジェスチャーをしたのではなかろうか」という指摘もできよう。大臣が集めた8000人の「一般の声」が、参加者の構成を見ると実際の農民はその約半数程度という状況で、「はたしてこれでインドの全人口の6割近くを占める農業人口の意見を反映しているのか」という指摘もできる。しかしこれに対しては「公聴会など、どこの国でもそんなものだ」という反論もできよう。

いずれにせよ、この一件はインドは閣内不一致や反対意見が外から見える国であり、「一般市民の声」なるものが政治家を動かし、政府の決めたことがひっくり返しうる国だということを我々に見せてくれる。

以前あるところで会ったモンサントの社員に「これから人体にはどんどん人造のパーツが組み込まれることになり、近い将来人間であるか人造人間であるかを判定する必要が現れ、その際の基準は体に組み込まれている人造のパーツの比率となるだろう」と言われゾッとしたことがある。そのような感覚を持っている私なので、遺伝子組み換え作物を食用に利用する場合、その影響を何世代にもわたってチェックしてから上市を認めるべきであると考えている。そのような私は今回の「インドの民主主義」の成果には、プロセスが妥当であったどうかの議論以前に拍手を送りたい。

インドの民主主義はこう動く -- 中国と対比して2010/03/15 20:36

「インドの民主主義はこう動く--Bt Brinjal(遺伝子組み換えナス)の場合」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/03/12/4941893
に登場したジャイラム・ラメッシュ環境・森林大臣は、Making Sense of Chindia(「中印協調を考える」といった意味)の著者としてインドでは親中派として有名な人物だ。事実2月9日の遺伝子組み換えナス上市延期決定に当って大臣が発表した文には

<I have spoken with my counterpart in China and he has informed me that China's policy is
to encourage research in GM technology but to be extremely cautious when it comes to
introduction in food crops中国における私と同じ職責についている人物に照会したところ、中国政府の政策は遺伝子組み換え技術に関する研究を推進することであるが、食用農作物での採用については慎重にとり進めるということであるとの説明を受けた>

との記述が見える。文書を見る限りラメッシュ大臣がインド国外で照会したのはこの「中国における私と同じ職責についている人物」だけであるあたりがラメッシュ大臣の親中派ぶりの面目躍如たる部分だ。さて、字句どおりに考えると照会相手先は周生賢環境保護部長ということになるが、中国の遺伝子組み換え作物の上市に関する許認可権は農業部(中国の「部」は日本の「省」)が握っている。

面白半分でGoogleで「中国 遺伝子組み換え」とか”GM food China”とか検索していると、中国は昨年こっそり遺伝子組み換え米を二品種認可していることがわかった。

「こっそり」と書いたのは、農業部による遺伝子組み換え米の安全性認可は昨年8月17日におりているにもかかわらず、このことは中国では本年3月まで正式には発表されていない(ちなみに同時に遺伝子組み換えトウモロコシも認可されている)! しかし中国国外では、昨年11月27日にロイター電で「農業部が中国国内で開発された遺伝子組み換え米に対し安全証書を発行した」との報道が流れ、Wall Street Journalから昨年12月1日付で「農業部の確認が取れた」という記事が流れた。普段は中国当局のこのような秘密主義に批判的なWall Street Journalが、ことこの件については事実関係を報道するにとどめ、当局の秘密主義を追及していないのはさすが遺伝子組み換え推進派の同紙だけのことはある。

中国の遺伝子組み換え米については、2005年に開発中の遺伝子組み換え米が違法栽培され市場に流通している事が発覚。日本では同年4月に厚生労働省食品案全部が中国から輸入したビーフンに遺伝子組み換え米が混入していることを明らかにしている。つまり中国の開発過程の管理が不十分だったということだ。

中国の当局はどうしてこのように秘密裏に遺伝子組み換えコメの商品化を急ぐのだろう?

3月に開催された全国人民代表大会には中国の識者100名が「安全性についてなお議論が続いている遺伝子組み換え作物の主食への適用を認可することは、民族と国家の安全を脅かすものだと考える」との公開書簡を発表しており、中国から唯一World Food Prizeを授賞している中国ハイブリッド米の父袁隆平(現在全国政治協商会議委員)も遺伝子組み換え米については「人間二世代にわたる実験をして安全性を確認すべきだ」との慎重論を披瀝しているなど、中国といえども遺伝子組み換え作物を直接口に入れることについては国民の根強い抵抗がある。

しかしそんな国民の懸念には頬かむりして早ければ2011年には中国の遺伝子組み換え米が湖北省で大々的な作付けが始まるものと見られる。

さて、このブログに数回登場している友人の北村豊住商総合研究所シニアアナリストによれば、政府が認可していない遺伝子組み換えトウモロコシが広範に作付けされ流通している広西チワン族自治区で、地元の広西医科大学が自治区内の大学19校で217人の男子学生を対象に精液を分析した結果、6割弱の学生の精液に異常が見つかったとの報道があるそうだ。このため、「遺伝子組み換えトウモロコシにその原因があるのではないか」言う噂が、疫学的な調査結果を待たずにたっている由だ。まあ「最近の若い男性の精液が薄い」といった話を聞くので、広西チワン族自治区の話もその一例かもしれないが、そのような不安が存在するにもかかわらず、再び言おう、何故中国の政府は国民に事実関係を伏せてまで遺伝子組み換え作物の認可に突っ走るのだろう?

「世界最初の遺伝子組み換え米の作付け始まる」との報道を世界中に駈けめぐらせるというつまらないナショナリズムの高揚のために、関係者が国民の安全無視で踊っているのではなかろうか?

ジャイラム・ラメッシュ大臣には中国のこのような側面にも注目して中印協調を進めてもらいたいものだ。

An open letter to the Hon. Jairam Ramesh, Government of India, Minister of Environment and Forests2010/03/16 23:59

I have belatedly perused your decision paper of 9th February regarding Bt Brinjal, and realize from it that you have discussed the genetic crop issue with your Chinese counterpart (HE Zhou Shengxian I would presume)

Your Honour:

 

As someone having deep misgivings on genetically modified crops entering our

food chain, I strongly commend your decision of February 9th wherein you have

introduced a moratorium on the release of Bt brinjal in India.

 

This letter however is not about your decision but what you have written therein

about China. 

 

You have stated that you have discussed the genetic crop issue with your

Chinese counterpart (Hon. Zhou Shengxian I would presume).  I was amused

to learn that he informed you “to be extremely cautious when it comes to

introduction [of GM technology] in food crops”, since occurrences from the

middle of last year have revealed that nothing is further from the truth than his

statement. 

 

If you will check with your diplomatic corps in China, I believe they would

report to you that:

 

1.      China’s competent regulatory authority, its Ministry of Agriculture, secretly

approved two varieties of GM rice and one variety of GM corn (using the Bt

gene no less) in August 2009 for general planting.

 

2.        This fact came to light outside China in late November 2009 when Reuters

reported on the matter, and was subsequently confirmed in a communication

from the Chinese Ministry of Agriculture to The Wall Street Journal on 1

December 2009. 

 

3.        Internally, the Chinese Communist Party organ People’s Daily reported on

the approval of GM rice and corn only on 3 March 2010! 

 

4.        All this despite the fact that there are strong popular misgivings and caution

towards GM foods within China, as witnessed by examples such as:

 

4.1.       100 academicians sending an open letter to the National People’s

Congress now in session seeking extreme caution in GM food’s approval and

entry into the food chain, and

 

4.2.       World Food Prize awardee Prof Yuan Longping calling for a test of GM

food over two human generations to ensure its safety.

 

Your people in Beijing may also be able to report to you that in Guangxi

province, where illegal cultivation of GM corn is widespread, a recent study of

217 university students revealed that close to 60% were found to have sperm

abnormalities, leading many people to suspect the prevalence of GM corn in the

diet.  Results from scientific studies on this abnormality are pending.

 

It is my sincere hope that as an Indian statesman you will continue to defend

democratic dialogue and information disclosure on all matters, and use the

Chinese example as something that should not to be followed. 

 

 

Makoto Honjo


水のなるほどクイズ2010