あいまいさの効用 -- アメリカのベンチャー企業を見学して2010/04/30 00:42

英国の経営思想家(といっておきます)John Kayの近著Obliquity(あいまい性)によると、成功した企業はガチガチ目先の利益確保や株主価値の拡大にとらわれるのではなく、「[●]」とか「[●]」といったもっと抽象的な目的の実現に邁進しているのだという

久々ぶりでカリフォルニアに出張した。空は青く澄み渡り、気温はほどほどで、寒暖と冷雨を

繰り返す日本とはえらい違い。「このように気候が安定していればワイン用のブドウも安定的

に育つだろう」とかのんきなことを考えながらフリーウェーからあたりの景色を見ていた。行った

場所は20数年前に訪れたときは畑の中に建物がポツンポツンとたっているようなところだっ

たが、いまや都市になっている。そんな場所にあるベンチャーキャピタルの出資するベンチャ

ービジネスを見学しに行った。

 

見学した会社は「シリコンバレーのベンチャー企業」のイメージそのものの、高度の大学教育

を受けた人たちが、キチンとしたビジネスモデルを設定し、それをもとにベンチャーキャピタル

から資金を調達して創業した企業だ。シリコンバレーのベンチャーキャピタルから資金を得て

操業したベンチャー企業というとGoogleとかeBayとかいった、いわゆるIT企業を連想しがち

だが、行った先はちょっとそれとは毛色の異なる、いわゆるモノ造りをしようという会社だ。

 

実はアメリカのベンチャーキャピタルも30年ほど昔のパソコンなどなかった時代はモノ造りを

する会社に投資をしていたが、その内ソフトウェアや医薬開発関係の企業のほうがさっさと

上場したり、次の買い手に買収されたりしてくれて資金の回収が早いので、投資の目標をそ

ちらに移動させてきた経緯がある。さっさと資金回収ができそうでもないモノ造り型のビジネ

スにもベンチャーキャピタルからお金が回る、というのは一つの発見だったが(「そろそろIT

や医療が旬の時代も終わりつつある」ということなのかもしれない)、「さて数年のサイクルで

資金を回収することに慣れたベンチャーキャピタルが、日頃細々としたことに注意を払いな

がらコストダウンを積み重ね、ゆっくり利益を産み出してゆくようなモノ造りの世界になじむの

だろうか」という疑問が残った。

 

見学した会社に出資したベンチャーキャピタルのウェブサイトを見ても、ソフト関係の出資先

IPOや事業売却の事例は数多く掲載されているが、いわゆるモノ造り系の出資先ではま

だその例がなかった。太陽光発電パネルを開発する会社に投資しているので、これがまあ

足が速い口になるのかもしれない。ベンチャーキャピタルは、ひいてはそのようなベンチャー

キャピタルに資金を提供する投資家は、この状況をどう考えるのだろう。

 

英国の経営思想家(という形容が正しいだろう)John Kayの近著Obliquity—Why our goals

are best achieved indirectly(2010年刊。題名を意訳すれば「あいまい性—目標到達の最善

の手段が間接的であるわけ」とでもなろう)によると、企業が成功するにはガチガチ目先の利

益確保や株主価値の拡大にとらわれるのではなく、to be the world’s leading chemical

company「世界の化学品産業の先端に立つ企業となる」(1990年に発表された英国の総合

化学メーカーICIの社是)とかeat, breathe, and sleep the world of aeronautics「航空工学の

世界の渦中に生きること」(1945~68年ボーイングのトップを勤めたBill Allenの発言)といった

もっと抽象的な目的の実現に邁進する必要があるのだという。これはおよそベンチャーキャ

ピタル型の企業モデルとは異なる世界だ。

 

Obliquityによれば、皮肉なことにはICI は1991年にHanson Trustという敵対的な企業買収

で有名な会社にその株式を若干買い付けられたことに触発されて「株主価値の極大」に走っ

たが、結局株主価値を極大化させられなかったばかりか2007年には独立した企業としての

生命を終え(p. 20)、ボーイングはAllenの後継者Phil Conditの時代にWe are going into a

value based environment where unit cost, return on investment, shareholder return are

the measures by which you will be judged 「今後我々は、製造単価、ROI、株主に対する

リターンを指標とする、企業価値ベースの経営を行ってゆく」と大きく方向転換を行った結果、

民間航空機の受注量ではエアバスに抜かれることになった(pp. 21-22)。

 

私はまだ書きかけの「CAPMモデル(1/2)」

http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/05/06/4289018

で、そもそもCAPMモデルといわれるこの世で一般的な投資収益を計る尺度は、そのよって

たつ理論的枠組みのせいで高すぎる投資収益を要求する傾向があることを示そうとした(こ

の文章は約1年前に第1部をアップしてからまだ結論に到達していないが…)。日本のよう

CAPMモデルを使って資本コストなるものを計算し案件への投資の可否を判断する歴史

10数年程度の国の場合はイザ知らず、本家アメリカではこの考え方に基づき投資収益の

ハードルを求める伝統に30年以上の歴史がある。このモデルが投資家の間では普遍的な

真実、否一種の教義として受け入れられ、皆が宗教のようにこの教義の真実を疑わずに経

営計画を立て経営を管理してきた。確かにその結果アメリカ企業の利益率は高くなった。し

かし、余りにも高い投資収益水準を、それもあいまい性を排除して「見える」期間内にその投

資収益を求めたことが、(1) アメリカの製造業の衰退ももたらした側面や、(2) 最も効率の良

い投資としての金融に資金が集中した結果、金融が金融を呼び、先進工業国の経済が実体

経済の規模をはるかに超える過大な金融部門の動向に左右される状況を生み出した側面

は、否定できないだろう。

 

見学したベンチャー企業はまだ製品開発のために資金を食いつぶしている(この状態をburn

燃焼という)状態だ。開発中の製品は目論見どおり行けばよい製品のようには見えたが、市

場で売れる商品になるにはまだあれこれハードルがあるはずだ。そのハードルをすべて今

から経済計算に織り込んでおくことなどできない。大雑把に費用のxx%くらいのオーバーがあ

るだろうとか、予定よりxxヶ月くらい開発期間が長引くかもしれない、と神ならぬ人間が予測

せざるをえない、まさにobliquityあいまい性の世界だ。「この社長さんなら、そのxx%のあいま

いさをめぐって投資家と神学論争ができるんだろうな」そんなことを思った。

 

泉谷渉 産業タイムス社長によれば、日本の電子材料産業は投資余力のある百年以上存

在し続けた企業が10年20年にわたる長期の開発に耐えたからこそ、今日圧倒的なシェアを

確保するに至ったという。果たしてアメリカならずともベンチャーキャピタルが、10年20年も

辛抱強くそんなお金の流出を見守れるんだろうか?そもそもそんなことに5シリーズのBMW

を乗り回すスタンフォード大学でMBAをとったこの会社の社長さんは付き合いきれるのだろ

うか?そんな目でこのアメリカの若い企業を見ていると「やはりアメリカの土壌では素材産業

は育たないのではないか?」という印象を禁じられなかった。

 

さて「CAPMモデルで算出される投資収益率が高すぎる」という高次元の話から、一転目先

の利益に話を移す。それは「低収益」といわれる日本のメーカーが作り出すこのような技術

や素材の販売価格の問題だ。

 

日本のメーカーが作り出す素材の多くが10年20年の長期の開発を伴っているとすれば、そ

の販売価格はこの間の投資に見合うものでなければ満足な投資の回収は困難だ。そしてそ

の際の収益率にCAPMモデルで設定されるような高率を適用した場合、いくら百年企業であ

っても「そんな開発はやめておこう」ということになるのではなかろうか?日本の素材産業は

世界の需要家に対して、あえて低い収益率で採算を弾いた必要以上に低い価格の素材を

提供していることにならないだろうか?

 

低い価格での販売とは、つまるところ本来生産者が自分の得べかりし利益を、顧客にタダで

差し上げているということだ。

 

そんな疑問に対する回答が「いやいや十分CAPMモデルで産出した資本コストにも合致する

ような価格設定になっています」ということであるにしても、世界に冠たる日本の素材産業の

ROA総資産利益率の悪さを見れば、彼らはその実膨大な、どうしようもない製品のポートフ

ォリオを抱えていて、その中からごく一部、CAPMモデルで弾いて十分高採算な製品を産み

出しているということになる。

 

例をひとつひいてみよう。富士フィルムホールディング。同社のアニュアルレポートによれば

インフォーメーションソリューション部門の中のフラットパネルディスプレー(FPD)材料事業は

世界トップシェアで、なかんずく

 

<「フジタック」の世界シェアは約80%、「WVフィルム」の世界シェアは100%です。>

2009年度同社アニュアルレポートp. 4)

 

ということだ(100%ですよ。スゴイデスネェ)。

 

しかしここで数字に語ってもらおう。富士フィルムホールディングと、アメリカのまあ同業といえ

Eastman ChemicalのROAを税引前利益÷総資産という算式で算出したものを比較して

みる。すると以下のようにEastman に軍配が上がる。Eastmanのことを「まあ同業」と書いた

のは同社がコダックの化学品部門を分社化して出来上がった会社だからだ。税引前利益を

使ったのは、おおさっぱにいって税引後利益の場合税制の違いなどに基づく「雑音」が入る

からだ。

 

会計年度

2004

2005

2006

2007

2008

富士

5.4%

2.6%

3.1%

6.1%

0.3%

Eastman

1.1%

13.6%

9.4%

7.8%

8.1%

 

註:

富士フィルムホールディングの会計年度は4月1日~翌年3月31日

Eastmanの会計年度は暦年

 

日本の経営者は「いやいや、その膨大な、どうしようもない製品のポートフォリオがあるから

こそ高シェア、高収益の製品が生まれるのです」というが、その論理によれば「膨大な、どう

しようもない製品群が、高シェア、高収益の製品を生み出すためのネタだ」ということになる。

それら膨大な、どうしようもない製品を製造するための設備投資を分母に入れて計算しなけれ

ば、論理のつじつまが合わない。

 

とすると「やはり日本のメーカーは、世界の需要家に対して自社の製品を安く売りすぎている

のではなかろうか?」という結論に戻ることになる。

 

これに対しては「いやしかし、膨大な、どうしようもない製品群は勝手に値段をつけられるよう

な状況ではないのです。だから現状が高く売れる上限です」ということなのだろうが、そうなる

と現在の日本のメーカー業と言うものは、極論すれば膨大な過剰設備を抱え込みながら採算

の当てもなく日々の製造を続ける甚だリスキーなビジネスだということになる(皆さん日本のメ

ーカー業ってその実そんなにリスキーなビジネスだって思ってました?)。

 

では「リスク相応の収益が得られないのなら、経営は意図的に高収益になるよう事業を再編

成(リストラ)し続けなければならない」と断じるべきなのだろうか?

 

真実はおそらくリストラと温存の間のどこかあいまい(oblique)な領域に存在していると思う。

 

 

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