CAPMモデル (1/2) ― 2009/05/06 16:50
日本でM&Aのことを「新規の事業分野に参入する際の時間を買う」とか「事業の拡大を行う際の手段」と言う観点から、概ね肯定的にとらえるようになってからざっと20年近くが経過している。
企業や事業の買収を行う際には、対象となる企業や事業の価値を売り手買い手共に納得する計算手法に基づいて計算することが第一歩だ。日本で企業の価値を云々する際、伝統的には税務署が相続税評価の際に用いる算式などがあるが、国際的にも通用する「一般的に認められた計算手法」としてはCAPMモデルの右に出るものはない。日本でも企業や事業の買収の現場や株価の妥当性を評価する現場で、このモデルのお世話になるようになってきた。
このモデルが何であるか、またそれがどのようにして企業や事業の価値評価に用いられるのか説明してみよう。
なお、CAPMモデルの説明にはWikipedia日本版の「資本資産価格モデル」の定義と、Globis Management SchoolのウェブサイトにあるMBA用語集の「CAPMモデル(資本資産価格モデル)」の定義を参照した。
[以下☆☆☆でくくった部分は企業財務についてある程度の理解がないとスンナリ理解できないと思われるので、本稿の結論だけ見たい方はこの部分をはしょっていただいて結構です]
☆ ☆ ☆
企業や事業の価値をはかるには三段階の手順をふむ。
1. まずCAPMモデルを使って株式の期待収益率(ER)を計算する。
CAPMモデルは、Harry Markowitzによる分散投資と現代ポートフォリオ理論についての先行研究をもとに、Jack Treynor、William Sharpe、John Lintner、Jan Mossinによってそれぞれ独立に考え出された。SharpeはMarkowitz、Merton Millerとともにファイナンス経済学へのこの貢献のために、ノーベル経済学賞を受けた(Wikipedia日本版「資本資産価格モデル」より。原文では関係者の名前の表記がローマ字とカタカナごっちゃになっているため、本稿ではローマ字表記で統一した。)
脱線するが「ノーベル経済学賞」なるものがどのようなものか説明しておきたい。
ノーベル経済学賞は1968年にスウェーデンの中央銀行であるスウェーデン国立銀行が創立300周年を記念して設定した賞で、正式にはアルフレッド・ノーベル記念経済科学スウェーデン国立銀行賞(スウェーデン語でSveriges riksbanks pris i ekonomisk vetenskap till Alfred Nobels minne)と言う。アルフレッド・ノーベルの遺志で設定されノーベル財団が賞金を負担する物理、化学、医学、文学、平和の5賞とは異なり、賞金はスウェーデン国立銀行が負担している。従い正確には「ノーベル」ブランドの使用権を持つスウェーデンの中央銀行が設定した賞だ。
本稿に戻る。CAPMモデルは次の式によって表される。
ER = RF + β(RM – RF)
ER: 株式の期待収益率
RF: リスクフリー・レート(一般的には国債の利率がこれに相当するとみなされる)
β: 任意の株式が証券市場一般の変動幅と乖離する率(一般的には対象とする株式の変動率÷証券市場の平均株価の変動率と理解されている)
RM: 株式一般に対する期待収益率
さてこうやって算出されたERを使って第二段階として企業が使う資金のコストの計算に移る。
企業金融理論では「株式投資期待収益率ERは、株主が対象企業・事業に対して期待している収益率だ」ということになっている。株式は金利を生まないが株価の上昇や配当と言う形で株主の期待に応える。企業はそのような株主の期待に応えて資金を調達したので、株主の持つ期待収益率がそのまま調達コストだと言う考え方だ(個人的には企業の思惑と株主の思惑には落差があると思うが、この理論に依拠する人々は「企業の思惑と、株主の思惑の交わったところがERだ」と言う建前に立っている)
企業は株主から調達した資金と銀行など金融機関から借りたお金を使って事業を行っているので、株主や金融機関から調達した資金それぞれの調達コストを株式と借入金の比率に応じて加重平均すれば企業が調達している資金のコストが計算できるという考え方をする。
こうやって計算された企業外部から調達して使用している資金の利率をWeighted Average Cost of Capital (WACC)という。
さて、こうやって計算されたWACCを使っていよいよ最終の第三段階、企業や事業価値の計算だ。
企業金融理論の考え方は「企業価値や事業価値とは企業やその企業の中の特定の事業が複数年にわたって生み出す現金の総和だ」というものだ。現金という言い方をすると専門家にしかられるので、財務諸表のひとつであるキャッシュフロー表から求められるフリーキャッシュフロー(FCF)と言い直そう。
FCFとはキャッシュフロー表の「営業活動によるキャッシュフロー」-「投資活動によるキャ主フロー」と定義されている。つまり営業で生まれたお金から投資で使われるお金を差し引いた残りの本当に残っているお金がFCFと言うわけだ。
ただ、今年のFCFと来年のFCFでは同じ額でも今日現在の価値は違う。例えば利率1.5%で定期預金をすることができるとすれば、1年後に100万円を得るには今100万円÷1.015、約98.5万円の定期預金をすればよい。2年後に100万円を得るには今100万円÷1.015÷1.015、約97.1万円の定期預金をすればよい。
この考え方とWACCをあわせてみる。企業や事業が複数年にわたって生み出すFCFの総和の現在の値(現在価値という)とは、将来のFCFを各々WACCで割り引いた値の総和ということになる。WACCが3%なら、来年のFCFの現在価値は、来年のFCF÷1.03だし、再来年のFCFの現在価値はFCF÷1.03÷1.03ということになる。
☆ ☆ ☆
上記のような理論的な枠組みができ、それがアメリカのビジネススクールで標準的な企業価値の計算の際に用いられるツールとして教えられたことで、企業買収の担当者の間では共通の言語ができM&Aが大いに進んだのは疑うらくもない事実である。
このモデルいくつかのフィクションや脆弱性を抱えているが、私の見るところ最大の脆弱性は「RMとかβとかRFなる数字を誰がどういう根拠で算出するのか?」と言う部分と「FCFはどこまで予測できるものなのか?」と言う点だと思う。
「RMとかβとかRFなる数字を誰がどういう根拠で算出するのか?」と言う点から説明しよう。
実務上RMとかβとかRF はいくつかの統計業者が集計し公刊している数字を利用することになる。M&Aの現場で自分の計算の正当性を主張するとき「xxxに出ている日本の○○分野のRMとβを使い、RFにはxxxに出ている日本の10年物国債の平均金利を使っている」と主張すると、相手は一応納得する。しかし本当にxxxの言っている数字が正しいのかは疑う必要がある。
個人的には特に日本の場合RMの計算に当たって株価が高騰した第二次世界大戦直後の時期や高度経済成長期が入っているためインフレを考慮した多少の補正があるとしても数字が過大になっていると考えられるし、RFの計算にあたってもここ10年来の(また今後も続くと見られる)低金利時代の影響への考慮が不足していると思う。
要するにRMにしてもRFにしても値が大きすぎる、従いERが、そしてそれから導出されるWACCが過大だと思われるのだ。
企業金融理論における企業や事業価値とは、将来のフリーキャッシュフロー(FCF)の現在価値のことで、現在価値の計算にはFCF÷WACCの年数乗と言う算式が用いられるという点に注目してほしい。WACCが過大であれば、ある事業なり企業の価値が割り引かれる値が大きいことになり、その企業を買収したり事業を展開する場合の要求されるFCFのハードルが高くなるということになる。
企業の投資に過大なハードルを課すことにどれほどの意味があるのだろう?確かに高いハードルは企業が不要な事業にむやみに投資をすることへの防げになる側面はある。しかしその反面企業が無理にキャッシュフローを生み出そうと無用にコストを切り詰めたり、環境対策など収益に結びつかない行為を遅らせる効果をもつ側面もあることを看過してはならない。
現在世界が直面する金融危機のひとつの大きな原因は、このような過大な資本コストにもとづく期待収益を課せられた企業や投資家が、より期待収益の高い投資対象に手を出し続けたことに求めることができると考える。
企業や事業の買収を行う際には、対象となる企業や事業の価値を売り手買い手共に納得する計算手法に基づいて計算することが第一歩だ。日本で企業の価値を云々する際、伝統的には税務署が相続税評価の際に用いる算式などがあるが、国際的にも通用する「一般的に認められた計算手法」としてはCAPMモデルの右に出るものはない。日本でも企業や事業の買収の現場や株価の妥当性を評価する現場で、このモデルのお世話になるようになってきた。
このモデルが何であるか、またそれがどのようにして企業や事業の価値評価に用いられるのか説明してみよう。
なお、CAPMモデルの説明にはWikipedia日本版の「資本資産価格モデル」の定義と、Globis Management SchoolのウェブサイトにあるMBA用語集の「CAPMモデル(資本資産価格モデル)」の定義を参照した。
[以下☆☆☆でくくった部分は企業財務についてある程度の理解がないとスンナリ理解できないと思われるので、本稿の結論だけ見たい方はこの部分をはしょっていただいて結構です]
☆ ☆ ☆
企業や事業の価値をはかるには三段階の手順をふむ。
1. まずCAPMモデルを使って株式の期待収益率(ER)を計算する。
CAPMモデルは、Harry Markowitzによる分散投資と現代ポートフォリオ理論についての先行研究をもとに、Jack Treynor、William Sharpe、John Lintner、Jan Mossinによってそれぞれ独立に考え出された。SharpeはMarkowitz、Merton Millerとともにファイナンス経済学へのこの貢献のために、ノーベル経済学賞を受けた(Wikipedia日本版「資本資産価格モデル」より。原文では関係者の名前の表記がローマ字とカタカナごっちゃになっているため、本稿ではローマ字表記で統一した。)
脱線するが「ノーベル経済学賞」なるものがどのようなものか説明しておきたい。
ノーベル経済学賞は1968年にスウェーデンの中央銀行であるスウェーデン国立銀行が創立300周年を記念して設定した賞で、正式にはアルフレッド・ノーベル記念経済科学スウェーデン国立銀行賞(スウェーデン語でSveriges riksbanks pris i ekonomisk vetenskap till Alfred Nobels minne)と言う。アルフレッド・ノーベルの遺志で設定されノーベル財団が賞金を負担する物理、化学、医学、文学、平和の5賞とは異なり、賞金はスウェーデン国立銀行が負担している。従い正確には「ノーベル」ブランドの使用権を持つスウェーデンの中央銀行が設定した賞だ。
本稿に戻る。CAPMモデルは次の式によって表される。
ER = RF + β(RM – RF)
ER: 株式の期待収益率
RF: リスクフリー・レート(一般的には国債の利率がこれに相当するとみなされる)
β: 任意の株式が証券市場一般の変動幅と乖離する率(一般的には対象とする株式の変動率÷証券市場の平均株価の変動率と理解されている)
RM: 株式一般に対する期待収益率
さてこうやって算出されたERを使って第二段階として企業が使う資金のコストの計算に移る。
企業金融理論では「株式投資期待収益率ERは、株主が対象企業・事業に対して期待している収益率だ」ということになっている。株式は金利を生まないが株価の上昇や配当と言う形で株主の期待に応える。企業はそのような株主の期待に応えて資金を調達したので、株主の持つ期待収益率がそのまま調達コストだと言う考え方だ(個人的には企業の思惑と株主の思惑には落差があると思うが、この理論に依拠する人々は「企業の思惑と、株主の思惑の交わったところがERだ」と言う建前に立っている)
企業は株主から調達した資金と銀行など金融機関から借りたお金を使って事業を行っているので、株主や金融機関から調達した資金それぞれの調達コストを株式と借入金の比率に応じて加重平均すれば企業が調達している資金のコストが計算できるという考え方をする。
こうやって計算された企業外部から調達して使用している資金の利率をWeighted Average Cost of Capital (WACC)という。
さて、こうやって計算されたWACCを使っていよいよ最終の第三段階、企業や事業価値の計算だ。
企業金融理論の考え方は「企業価値や事業価値とは企業やその企業の中の特定の事業が複数年にわたって生み出す現金の総和だ」というものだ。現金という言い方をすると専門家にしかられるので、財務諸表のひとつであるキャッシュフロー表から求められるフリーキャッシュフロー(FCF)と言い直そう。
FCFとはキャッシュフロー表の「営業活動によるキャッシュフロー」-「投資活動によるキャ主フロー」と定義されている。つまり営業で生まれたお金から投資で使われるお金を差し引いた残りの本当に残っているお金がFCFと言うわけだ。
ただ、今年のFCFと来年のFCFでは同じ額でも今日現在の価値は違う。例えば利率1.5%で定期預金をすることができるとすれば、1年後に100万円を得るには今100万円÷1.015、約98.5万円の定期預金をすればよい。2年後に100万円を得るには今100万円÷1.015÷1.015、約97.1万円の定期預金をすればよい。
この考え方とWACCをあわせてみる。企業や事業が複数年にわたって生み出すFCFの総和の現在の値(現在価値という)とは、将来のFCFを各々WACCで割り引いた値の総和ということになる。WACCが3%なら、来年のFCFの現在価値は、来年のFCF÷1.03だし、再来年のFCFの現在価値はFCF÷1.03÷1.03ということになる。
☆ ☆ ☆
上記のような理論的な枠組みができ、それがアメリカのビジネススクールで標準的な企業価値の計算の際に用いられるツールとして教えられたことで、企業買収の担当者の間では共通の言語ができM&Aが大いに進んだのは疑うらくもない事実である。
このモデルいくつかのフィクションや脆弱性を抱えているが、私の見るところ最大の脆弱性は「RMとかβとかRFなる数字を誰がどういう根拠で算出するのか?」と言う部分と「FCFはどこまで予測できるものなのか?」と言う点だと思う。
「RMとかβとかRFなる数字を誰がどういう根拠で算出するのか?」と言う点から説明しよう。
実務上RMとかβとかRF はいくつかの統計業者が集計し公刊している数字を利用することになる。M&Aの現場で自分の計算の正当性を主張するとき「xxxに出ている日本の○○分野のRMとβを使い、RFにはxxxに出ている日本の10年物国債の平均金利を使っている」と主張すると、相手は一応納得する。しかし本当にxxxの言っている数字が正しいのかは疑う必要がある。
個人的には特に日本の場合RMの計算に当たって株価が高騰した第二次世界大戦直後の時期や高度経済成長期が入っているためインフレを考慮した多少の補正があるとしても数字が過大になっていると考えられるし、RFの計算にあたってもここ10年来の(また今後も続くと見られる)低金利時代の影響への考慮が不足していると思う。
要するにRMにしてもRFにしても値が大きすぎる、従いERが、そしてそれから導出されるWACCが過大だと思われるのだ。
企業金融理論における企業や事業価値とは、将来のフリーキャッシュフロー(FCF)の現在価値のことで、現在価値の計算にはFCF÷WACCの年数乗と言う算式が用いられるという点に注目してほしい。WACCが過大であれば、ある事業なり企業の価値が割り引かれる値が大きいことになり、その企業を買収したり事業を展開する場合の要求されるFCFのハードルが高くなるということになる。
企業の投資に過大なハードルを課すことにどれほどの意味があるのだろう?確かに高いハードルは企業が不要な事業にむやみに投資をすることへの防げになる側面はある。しかしその反面企業が無理にキャッシュフローを生み出そうと無用にコストを切り詰めたり、環境対策など収益に結びつかない行為を遅らせる効果をもつ側面もあることを看過してはならない。
現在世界が直面する金融危機のひとつの大きな原因は、このような過大な資本コストにもとづく期待収益を課せられた企業や投資家が、より期待収益の高い投資対象に手を出し続けたことに求めることができると考える。
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