インドの総選挙結果2009/05/19 23:19

このところ豚インフルエンザや民主党の党首交代でにぎわっている日本の新聞では、「国際面で小さく」程度の扱いだが、アメリカのニューヨークタイムズやイギリスのフィナンシャルタイムズでは一面扱いで、これらの記事が掲載された

このところ豚インフルエンザや民主党の党首交代でにぎわっている日本の新聞では、インドの総選挙の結果は「国際面で小さく」程度の扱いだが、アメリカのニューヨークタイムズやイギリスのフィナンシャルタイムズなどでは一面扱いで、これらの記事が掲載された。これはやはり「選挙を通じた民主主義」に対する思い入れが日本よりアメリカやイギリスに深いからではないかと思っている。

 

その日本の扱いは(まあ諸外国のメディアの受け売りなのだが)、総選挙の結果インド国民会議党(INC)が勝ったのでムンバイで株価が上昇したと言った内容だ。選挙は材料かもしれないが、本当はどうなのだろうか考えてみた。

 

5回にわたるインドの総選挙の投票は5月13日の最終投票が無事終了し、5月16日に開票が開始され、5月18日にElection Commission of India(インド選挙管理委員会)から大統領に当選者リストが手渡された。選挙管理委員会では今回の総選挙では4.2億人の有権者が投票したと発表している。今回の総選挙は4月16日の第一次投票の前に一部選挙区で「毛派」による妨害活動の結果使者が出たりしたが、概ね平穏に投票が終了し開票が進んだことで、関係者一同ほっとしていることだろう。いつも感心することはインドの政党が選挙管理委員会の発表にはおとなしく従うことで、投票箱が盗まれたとか、開票に不正があったといった騒ぎがおきる多くの発展途上国(最近の例で言えばタイ)とインドはこの点では大いに異なる。

 

選挙管理委員会の発表資料を基に前回の総選挙の結果と今回を比較してみた(下表ご参照)。インドにはIndian National Congress(インド国民会議党。以下INC)とBharatiya Janata Party(インド人民党。以下BJP)の二大政党があるが、いずれも単独では政権と取るだけの議席数を保持していないため、国会にはINCが中心となったUPAとBJPが中心となったNDAの二大会派があると「インドの民主主義」で書いた。

http://mumbaikar.asablo.jp/blog/cat/subcontinent/?offset=5

 

INCは大英帝国にインド独立を要求するため多様なインド人の意見を集約するためインド人の識者と進歩的な英国人が中心になって1885年に組織したIndian National Congress(インド国民会議)を母体として発足しており、そのDNAには「インドは多様性の国である」ことが組み込まれている。インド独立はインド国民会議を中心に推進されたためインド国民会議がそのまま政党となり初代首相はINCのネルーとなった。INCからは彼の娘や孫が首相として輩出しているため、INCはネルー王朝の器とも形容されることがある。現にINCの現在の党首はネルーの孫の嫁に当たるソニア・ガンディー国会議員だ。ただソニア・ガンディー女史の抜群の政治センスによって、INCから推薦されて首相になっているのはネルー王朝とは無関係な元インド準備銀行(中央銀行)総裁のマンモハン・シン氏だ。なお、今回の選挙ではソニア・ガンディー女史の息子のラフル・ガンディー氏が初当選を果たしている。

 

BJPはインドのヒンズー至上主義や愛国勢力が離合集散を繰り返す中で1980年に結成された比較的新しい政党だが1998~2004年の間政権の座についていた。政権の座についている間に経済の自由化を進めインドの経済が成長を続けたので、2004年の総選挙では勝つものと思われていたが、経済成長に置き去りにされた地方の反乱にあって下野した(何か日本のような話ですね)。党内のヒンズー至上主義勢力の「右バネ」が働くため、INCに比べインドの多様性に対しての寛容度が低いといわれている。

 

2004年(前回)の総選挙の結果と今回の総選挙の結果を比較するとこんなことになる。

 

 

INC

BJP

その他

合計

2004年

145

139

259

543

2009年

206

117

220

543

増減

61

-22

-39

 

 

つまり、INCは単独過半数には66議席足りないが、2004年に比べかなりの善戦をしたということになる。Financial TimesはINCが実質的に264議席確保したと見ているので、過半数には8議席足りないと言う勘定になる。

 

2004年の選挙結果INCが主導するUPAは当初共産党とも政策協定をしていたため、政策のブレや遅れが目立ち、INCへの支持が低下しているものとみられていた。これに加え、今回の選挙では昨年11月のパキスタン系のテロリストによるムンバイ攻撃などの治安悪化や、昨年来のグローバル経済悪化のインド経済への影響などから、国民感情の保守化や経済成長期待が見込まれ、その結果選挙がBJPに有利にはたらくものと予想されていただけにこの選挙結果は大方の予想を覆すものとなった。

 

欧米の一部識者の間では今回の選挙結果については「偏狭なヒンズー至上主義を排したインドの選挙民の賢い選択」と言った評価がある。確かにインドのハートランドと言われるヒンディー語圏の選挙結果を見ると、INCがBJPやひとつのカーストや地方を代表する中小政党から票を奪ったかたちになっている。

 

 

INC

BJP

その他

2004年

27

72

100

2009年

57

60

82

増減

30

-12

-18

 

所得水準も低く、大人口を抱えるこの地域の選挙民が一見汎インド的な政治を選択したという見方は確かに可能だろう。ただそれ以外にも例えば2億人近い人口を抱えるUttar Pradesh州の政権を握っている不可触賎民を代表する党のあまりの腐敗といった、中小政党側が選挙民の信を失う要素があったといった要素も加味する必要があろう。BJPについていえば、Rajasthan州で地殻変動的にBJPからINCに表が動いており、これは比較的最近同州でBJP政権がスキャンダルにたおれINC政権と入れ替わったためであろう。

 

しかしINCと共にUPAに加わる政党の中にはTata Motors(タタ自動車)の工場進出を実力で阻止した西ベンガル州のTrinamool Congressなども加わっているので、今回の選挙結果で一概にINCの政策の自由度が高まると言うこともないと思う。インドは今後ともあちらもこちらも立ててという「中国に比べると歯がゆい」政治が継続するものと考えるほうが妥当であろう。

 

もうひとつ興味深いのはIT産業などで勃興著しい南インド四州の選挙結果だ。この地域は文化的にも北インドと異なるため地方政党が活発な地域だ。この数字からはわかりにくいが地方政党は別に退潮を示しているわけではない。下表の「他」の部分の減少はひとえにケララ州で共産党が11議席を減らしその分INCに議席が回ったせいだ。

 

 

INC

BJP

2004年

47

18

64

2009年

60

19

50

増減

13

1

-14

 

ちなみに共産党は今回の選挙で長らく議席を圧倒していた西ベンガル州でも29議席から10議席に激減しており、むしろ「インド全体での共産党の退潮が南インドでも影響した」とみたほうがよいだろう。このあたりが株価に反映したのかもしれない。

 

インドすべての州や地域の選挙結果は以下のとおり。州・地域名で「P」と記載のあるものはPradeshの略。

 

州・地域

選挙年

INC

BJP

Andhra P

2004

29

 

13

2009

33

 

9

Arunachal P

2004

 

2

 

2009

2

 

 

Assam

2004

9

2

3

2009

7

4

3

Bihar

2004

3

5

32

2009

2

12

26

GOA

2004

1

1

 

2009

1

1

 

Gujarat

2004

12

14

 

2009

11

15

 

Haryana

2004

9

1

 

2009

9

1

 

Himachal P

2004

3

1

 

2009

1

3

 

J&K

2004

2

 

4

2009

2

 

4

Karnataka

2004

8

18

2

2009

6

19

3

Kerala

2004

 

 

20

2009

13

 

7

Madhya P

2004

4

25

 

2009

12

16

1

Maharashtra

2004

13

13

22

2009

17

9

22

Manipur

2004

1

 

1

2009

2

 

 

Meghalaya

2004

1

 

1

2009

1

 

1

Mizoram

2004

 

 

1

2009

1

 

 

Nagaland

2004

 

 

1

2009

 

 

1

Orissa

2004

2

7

12

2009

6

 

15

Punjab

2004

2

3

8

2009

8

1

4

Rajasthan

2004

4

21

 

2009

20

4

1

Sikkim

2004

 

 

1

2009

 

 

1

Tamil Nadu

2004

10

 

29

2009

8

 

31

Tripura

2004

 

 

2

2009

 

 

2

Uttar P

2004

9

10

61

2009

21

10

49

West Bengal

2004

6

 

36

2009

6

1

35

Chhattisgarh

2004

1

10

 

2009

1

10

 

Jharkhand

2004

6

1

7

2009

1

8

5

Uttarakhand

2004

1

3

1

2009

5

 

 

A & N Isles

2004

1

 

 

2009

 

1

 

Chandigarh

2004

1

 

 

2009

1

 

 

D & NH

2004

 

1

 

2009

 

1

 

Daman & Diu

2004

1

 

 

2009

 

1

 

Delhi

2004

6

1

 

2009

7

 

 

Lakshadweep

2004

 

 

1

2009

1

 

 

Pondicherry

2004

 

 

1

2009

1

 

 

合計

2004

145

139

259

2009

206

117

220

 


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