第19回Commonwealth Games(英連邦競技大会) ― 2010/09/22 23:57
Commonwealth of Nations (略称Commonwealth) は日本語ではその旧名であるBritish
Commonwealth に基づき英連邦と訳されているが、加盟54カ国中にモザンビーク(旧ポルトガル領)、カメルーン(旧仏領)、ルワンダ(旧ベルギー領)を含む旧英領の国々を主体としたゆるい国家連合である。Commonwealth としての活動は主として文化的なもので、そのうちの最大のものがオリンピック同様4年ごとに開催されるこのCommonwealth Games だ。
第19回Commonwealth Games は10月3日からインドの首都デリーで開催予定だ。主催者は
world class世界水準の施設をそろえて大会を開催するとブチ上げている。デリーは1951年の第1回と1982年の第9回のアジア大会の開催地で、それなりに国際競技の開催には慣れているはずだ。しかし今回は様子が違う。大会開催の大分前から大会施設の建設遅れが指摘されていたが、大会開始2週間をきった今に至って競技場、選手村といったインフラの建設が全く間に合ってきていないことが明らかになってきたばかりか、デング熱の発生、9/21にメーンスタジアムに通じる歩道橋が崩落して20名強の負傷者を出したという不祥事が発生した(この崩落に伴って死亡者が1名出たとの報道もある)。
大会参加を決めていた国の中には参加見直しを検討することを表明しているものが出ているほか、個別の選手の中には参加を取りやめて既に帰国するものも出始めている。
確かにデング熱の件はいささか不可抗力的な要素がある。「クリケットの世界 追録」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/08/31/5316984
でパキスタンのモンスーン被害について触れたが、そのモンスーン前線が東に移動し今デリーを含むインド中央部に到達している。パキスタンのような河川の大氾濫こそ起きていないが、例年の水準以上の降雨のためデリー市内のそこここには水溜りができ、そこで大量発生した蚊がデング熱を運んでいるというのが状況だ。
Wikipedia日本版によればデング熱にかかると急な悪寒と発熱が発生し、やがて症状が沈静するが、再感染すると「デングショック症候群という病型となり、この場合の致命率は3~6%になる」という。特効薬がないだけにおそろしい病気だ。自分の幼い子供二人が最近デング熱にかかった
Financial Timesデリー支局長が9/15に同紙に書いた記事
http://blogs.ft.com/beyond-brics/2010/09/15/dengue-in-delhi-disease-and-authority-in-india/
によればデリーのデング熱はかなり広範に広がっているものと見られ、このような状況だと競技設備の整備状況の問題とは別な事情で、選手が競技に参加するのを見合わせて帰国することは十分理解できる。
インドは国のメンツにかけて大会開催を強行するだろうが、今回の一件はインドで大きなインフラの整備を伴うプロジェクトを時間通りに開催することの困難さを世界に再度印象づけたと思う。
どうしてこのようなことになったのか考えてみたい。
まず指摘しなければならないのはインドがカッコつきであるにせよ「民主国家」であることだ。用地買収や立ち退きには様々な権利者がからみ、その権利者は票をもっているのでCommonwealth Games のような国家プロジェクトといえども、それらの権利者との間で調整をしなければならない。この調整プロセスはゴタゴタした、決してきれいなものではないが、避けて通る事が出来ない。中国のように国家の一存で、行政が地図に線を引けばそれがあっさり道路になるわけではないのがインドだ。
インドで公共事業の竣工が1年や2年遅れるのはざらで、多くの場合契約以前の段階からゴタゴタが起き、その調整に手間取っている結果遅れが発生する。さらに問題なのは、その調整に手間取っているうちに、調整自体にお金がかかって工事予算が不足気味になり、そのシワ寄せが現場で働く労働者の数や、セメントの量や、使用される重機類の数や質に影響し、さらに工期が延びるという悪循環に陥るわけだ。手抜き工事もその一環で発生すると考えるべきだ。
次に指摘しなければならないことは、さはさりながらお金が潤沢に会って当事者にヤル気があれば調整も進むということだ。「クリケットの世界」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/08/10/5278800
で書いたIPLクリケット試合の場合は潤沢にスポンサーがついているので開催に関連したトラブルは起きていない。インドで1年ほど前、IPLが国際大会を開催しようとしたとき、パキスタンから回教過激派が攻め込んでくるリスクが指摘され、大会主催者がさっさと南アフリカに会場を移したくらいの手際良さだ。
Commonwealth Gamesの場合主催者ウェブサイト http://www.cwgdelhi2010.org/ をみるとスポンサーはインド国鉄、NTPC(国家火力発電公団)、Central Bank of India(政府が株式の過半を持つ商業銀行)、インド航空と国営企業ばかりで、有力な民間企業が全く名前を連ねていない。インドは国際的なスポーツ大会のメダル獲得競争で上位に立つ国ではないので、スポンサー不足はインドの選手がメダル獲得競争上位に立って全国民を沸かせる見込みのない競技大会に民間企業がそろってそっぽを向いているコトをマザマザと見せつけている(現実的ですねぇインドの会社は。「お国の為」なんてソロバンに乗らない話には乗らないんだ)。
Commonwealth Games の場合、もともとスポンサーの数が多くなく、お金もあまりないのに加えて、主催者が政府機関であるため、いつもの公共工事のような調子でやっていたら案の定遅れてしまったというところではなかろうか。歩道橋の崩落についてデリー首相のSheila Dixitシャイラ・ディクシットが「これだけのプロジェクトを進めれば多少の問題は起きるものだ」(9/22付けThe Hindu)と開き直っているあたり、懲りないインドの公共事業発注者の典型的な姿を見る感じだ。
インドのインフラ整備の問題は発展途上国を含め、世界のインフラ整備の標準が「インドのいつもの公共工事」の標準をはるかに凌駕するレベルに到達しているため、インドの政府がたまに世界水準を目指すと問題が起きるということだといえる。「Our product is good enough for our
market(我々の製品はこの市場には十分なものだ)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/06/09/4355485
では済まなくなっていることをディクシット女史を始めとしたインドの政府当局者は認識する必要がある。
ところで1982年のアジア大会はどうしたのだろう?今頃になって主催者が選手村について「開催日までに一定水準のレベルのものを提供することは可能だ」と「世界標準のものを提供する」との当初の目標とは異なる微妙な発言をしているのが参考になる。
アジア大会の時は要求されていた施設の水準が低かったので、つまりインドの公共事業の水準で対応可能なレベルのものが要求されたので、なんとかなったのではなかろうか(それでも連絡不備で競技に出場を予定していた選手が参加できず、メダルを取り逃がしたといった事故が発生している)。
Commonwealth Games がどのような形で開催されることになるのかわからないが、インドの政府当局者がこれを機に、インドのインフラ整備のあり方について根本的な反省をすることを望みたいが、さてそんなことになるのだろうか?
Commonwealth に基づき英連邦と訳されているが、加盟54カ国中にモザンビーク(旧ポルトガル領)、カメルーン(旧仏領)、ルワンダ(旧ベルギー領)を含む旧英領の国々を主体としたゆるい国家連合である。Commonwealth としての活動は主として文化的なもので、そのうちの最大のものがオリンピック同様4年ごとに開催されるこのCommonwealth Games だ。
第19回Commonwealth Games は10月3日からインドの首都デリーで開催予定だ。主催者は
world class世界水準の施設をそろえて大会を開催するとブチ上げている。デリーは1951年の第1回と1982年の第9回のアジア大会の開催地で、それなりに国際競技の開催には慣れているはずだ。しかし今回は様子が違う。大会開催の大分前から大会施設の建設遅れが指摘されていたが、大会開始2週間をきった今に至って競技場、選手村といったインフラの建設が全く間に合ってきていないことが明らかになってきたばかりか、デング熱の発生、9/21にメーンスタジアムに通じる歩道橋が崩落して20名強の負傷者を出したという不祥事が発生した(この崩落に伴って死亡者が1名出たとの報道もある)。
大会参加を決めていた国の中には参加見直しを検討することを表明しているものが出ているほか、個別の選手の中には参加を取りやめて既に帰国するものも出始めている。
確かにデング熱の件はいささか不可抗力的な要素がある。「クリケットの世界 追録」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/08/31/5316984
でパキスタンのモンスーン被害について触れたが、そのモンスーン前線が東に移動し今デリーを含むインド中央部に到達している。パキスタンのような河川の大氾濫こそ起きていないが、例年の水準以上の降雨のためデリー市内のそこここには水溜りができ、そこで大量発生した蚊がデング熱を運んでいるというのが状況だ。
Wikipedia日本版によればデング熱にかかると急な悪寒と発熱が発生し、やがて症状が沈静するが、再感染すると「デングショック症候群という病型となり、この場合の致命率は3~6%になる」という。特効薬がないだけにおそろしい病気だ。自分の幼い子供二人が最近デング熱にかかった
Financial Timesデリー支局長が9/15に同紙に書いた記事
http://blogs.ft.com/beyond-brics/2010/09/15/dengue-in-delhi-disease-and-authority-in-india/
によればデリーのデング熱はかなり広範に広がっているものと見られ、このような状況だと競技設備の整備状況の問題とは別な事情で、選手が競技に参加するのを見合わせて帰国することは十分理解できる。
インドは国のメンツにかけて大会開催を強行するだろうが、今回の一件はインドで大きなインフラの整備を伴うプロジェクトを時間通りに開催することの困難さを世界に再度印象づけたと思う。
どうしてこのようなことになったのか考えてみたい。
まず指摘しなければならないのはインドがカッコつきであるにせよ「民主国家」であることだ。用地買収や立ち退きには様々な権利者がからみ、その権利者は票をもっているのでCommonwealth Games のような国家プロジェクトといえども、それらの権利者との間で調整をしなければならない。この調整プロセスはゴタゴタした、決してきれいなものではないが、避けて通る事が出来ない。中国のように国家の一存で、行政が地図に線を引けばそれがあっさり道路になるわけではないのがインドだ。
インドで公共事業の竣工が1年や2年遅れるのはざらで、多くの場合契約以前の段階からゴタゴタが起き、その調整に手間取っている結果遅れが発生する。さらに問題なのは、その調整に手間取っているうちに、調整自体にお金がかかって工事予算が不足気味になり、そのシワ寄せが現場で働く労働者の数や、セメントの量や、使用される重機類の数や質に影響し、さらに工期が延びるという悪循環に陥るわけだ。手抜き工事もその一環で発生すると考えるべきだ。
次に指摘しなければならないことは、さはさりながらお金が潤沢に会って当事者にヤル気があれば調整も進むということだ。「クリケットの世界」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/08/10/5278800
で書いたIPLクリケット試合の場合は潤沢にスポンサーがついているので開催に関連したトラブルは起きていない。インドで1年ほど前、IPLが国際大会を開催しようとしたとき、パキスタンから回教過激派が攻め込んでくるリスクが指摘され、大会主催者がさっさと南アフリカに会場を移したくらいの手際良さだ。
Commonwealth Gamesの場合主催者ウェブサイト http://www.cwgdelhi2010.org/ をみるとスポンサーはインド国鉄、NTPC(国家火力発電公団)、Central Bank of India(政府が株式の過半を持つ商業銀行)、インド航空と国営企業ばかりで、有力な民間企業が全く名前を連ねていない。インドは国際的なスポーツ大会のメダル獲得競争で上位に立つ国ではないので、スポンサー不足はインドの選手がメダル獲得競争上位に立って全国民を沸かせる見込みのない競技大会に民間企業がそろってそっぽを向いているコトをマザマザと見せつけている(現実的ですねぇインドの会社は。「お国の為」なんてソロバンに乗らない話には乗らないんだ)。
Commonwealth Games の場合、もともとスポンサーの数が多くなく、お金もあまりないのに加えて、主催者が政府機関であるため、いつもの公共工事のような調子でやっていたら案の定遅れてしまったというところではなかろうか。歩道橋の崩落についてデリー首相のSheila Dixitシャイラ・ディクシットが「これだけのプロジェクトを進めれば多少の問題は起きるものだ」(9/22付けThe Hindu)と開き直っているあたり、懲りないインドの公共事業発注者の典型的な姿を見る感じだ。
インドのインフラ整備の問題は発展途上国を含め、世界のインフラ整備の標準が「インドのいつもの公共工事」の標準をはるかに凌駕するレベルに到達しているため、インドの政府がたまに世界水準を目指すと問題が起きるということだといえる。「Our product is good enough for our
market(我々の製品はこの市場には十分なものだ)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/06/09/4355485
では済まなくなっていることをディクシット女史を始めとしたインドの政府当局者は認識する必要がある。
ところで1982年のアジア大会はどうしたのだろう?今頃になって主催者が選手村について「開催日までに一定水準のレベルのものを提供することは可能だ」と「世界標準のものを提供する」との当初の目標とは異なる微妙な発言をしているのが参考になる。
アジア大会の時は要求されていた施設の水準が低かったので、つまりインドの公共事業の水準で対応可能なレベルのものが要求されたので、なんとかなったのではなかろうか(それでも連絡不備で競技に出場を予定していた選手が参加できず、メダルを取り逃がしたといった事故が発生している)。
Commonwealth Games がどのような形で開催されることになるのかわからないが、インドの政府当局者がこれを機に、インドのインフラ整備のあり方について根本的な反省をすることを望みたいが、さてそんなことになるのだろうか?
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