Google対中国2010/01/19 22:06

[今日は趣向をちょっと変えて、大学や大学院で論文を書いていたときのような体裁で記事を書いてみた]

アメリカ西海岸標準時1月12日午後3時(日本時間1月13日午前8時)アメリカのGoogleの会社としてのブログに、同社のDavid Drummondデービッド・ドラモンド [註 1] が、同社の企業インフラに対し中国発の高度なサイバー攻撃が加えられGoogleの知的財産が盗まれたことを発表し、その文を以下のように結んでいる。

<These attacks and the surveillance they have uncovered--combined with
the attempts over the past year to further limit free speech on the web--have
led us to conclude that we should review the feasibility of our business
operations in China. We have decided we are no longer willing to continue
censoring our results on Google.cn, and so over the next few weeks we will be
discussing with the Chinese government the basis on which we could operate
an unfiltered search engine within the law, if at all. We recognize that this
may well mean having to shut down Google.cn, and potentially our offices in
China.これらの攻撃や、攻撃が明らかにした監視体制、及び過去一年間にわたるインターネットにおける言論の自由を更に制限しようとする動きに伴い、我々は中国における事業の可能性を見直すべきだとの結論に至った。我々はGoogle.cnにおける検索結果の自発的な検閲を継続する意思がないことを決め、向こう数週間にわたり中国の当局と中国の法律の許す範囲内で検閲のない検索エンジンの維持が可能なものかどうかを検討する。我々はこれがGoogle.cnを閉鎖し、我々の中国における事業所をゆくゆくは閉鎖することになりうることと認識している。> [註 2]

つまり「中国で検閲のない検索が認められないなら中国を去る用意がある」との意思表示だ。北京のGoogle支社の門前に多数の中国の市民が来るべき中国からの撤退を惜しみ弔花を持って訪れた写真がWWW上に掲載されている。[註 3]

2006年のGoogleの中国進出に当っては、検索に自主検閲をかけるというので社内外で相当議論をよんだことが思い起こされる。New York TimesやFinancial Timesによれば創業者の一人ロシア出身のSergei Brinセルゲイ・ブリンは、旧ソ連における自己の体験に基づく信念から中国進出の際、自主検閲を行うことには反対を主張していたとされる。[註 3, 4]

さて今回のGoogleの発表をどう読むかだ。国際的な人権団体Human Rights Watchのように「Googleは当座の利益よりも企業理念に忠実であった」と拍手喝采を送る向きもあれば[注 5]、このような自殺的な行動をとった結果GoogleがアップルのiPhoneに対抗して発表した携帯電話用ソフトAndroidを始め逸失する商機は計り知れないというものまで[註 6] あるが、私はSlateのテクノロジーコラムを担当するFarhad Manjooの、

Googleは検索の精度に企業価値をかけていたが、これまで自己の中国サイトでは自主検閲を行うことで中国における検索の精度をおとしており、自主検閲中止を宣言したことでit can position
itself to Chinese Web surfers as the one true search engine, the place to go if you want
the real story 中国のウェブサーファーに対して唯一の正確なサーチエンジン、真実を知りたければ訪れるべき場所、としての自分の位置を主張できる

と言う評価 [註 7] がもっとも的をついているのではないかと考えている。と言うのは、インターネットというのはそもそも基本設計が情報をブロックしても、情報が迂回路を見つけて流れるようなになっており、Great Firewall(中国では防火長城と金盾工程という言葉が流通しているようだ)と形容される中国のファイヤーウォールにしても翻墻(fanqiang 塀を乗り越えること)することは可能だからだ。Googleは冷静に「フィルターのかからないデータの得られる唯一の場所」という地位を確保することによるメリットと、中国政府とアレコレ商売することのメリットを天秤にかけ、前者を選択したと言うことだと思う。

尚、1月15日のWall Street Journalには翻墻のテクニックが掲載されていたのがご愛嬌だ [註 8]。

さて、この戦いどういう決着に進むのだろうか?中国の当局が「ハイそうですか」と引き下がって検閲を取りやめることはないだろう。

また「そもそもGoogle自体中国以外の国では自主検閲をしていないのか」と言われればそんなことはない。例えばWall Street Journalは1月4日にGoogle傘下のオンラインコミュニティーOrkutから航空機事故でなくなったアンドラ・プラデシュ州の前州首相に関する記事を自発的に削除していたと報道している。記事によればGoogleは建前上はインドの社会不安を招くような、宗教、カースト、地域に関するコンテンツについて自社の検索結果や傘下サイトの内容に相当注意を払って監察しているとのことだ [註 9]。

となるとこちらは「一度は理想を捨てて中国参入を決めたGoogleのことだ。結果何らかの妥協点をみつけるのではないか?」と言う読みをしがちなのだが…

それにしても自国をthe greatest democracy in the world 世界最大の民主国家と標榜してやまないインド人が民主主義や言論の自由について持つ独特の感情は面白い。同じWall Street JournalがインドのSachin Pilot 通信・技術大臣とのインタービューを掲載しているが [註 10]、ここで大臣が

<What Google does in China is a whole different ballgame. They have
compromised a great deal. Googleの中国での活動は[彼らの通常の活動とは]まったく異なる。彼らはかなりの妥協を行っている>

と表明した舌の根も乾かぬうちに、[註 8]で紹介した事象ついて指摘されると「個人の名誉に当るようなケースであった」とコメントしていることを見て、その感を深くする。

[おことわり]

1. 文章中の中国語については友人の北村豊 住友商事総合研究所中国専任シニアアナリストの教示を受けた。

2. 参考資料はすべてウェブ版に頼っている。記載したリンクは本日現在生きているが、リンクはいつでも変わりうることにご留意いただきたい。

[註]

1. SVP, Corporate Development and Chief Legal Officer経営開発担当上級副社長 兼 最高法務責任者というところ

2. David Drummond, “A new approach to China”, The Official Google Blog, Jan 12, 2010
http://googleblog.blogspot.com/2010/01/new-approach-to-china.html

3. Richard Waters et al., “Google takes on China on censorship”, Financial
Times, Jan 13, 2010
http://www.ft.com/cms/s/0/f65a4ba6-ffd7-11de-ad8c-00144feabdc0.html

4. Miguel Helft, “For Google, a Threat to China With Little Revenue at
Stake”, The New York Times, Jan 14, 2010   http://www.nytimes.com/2010/01/15/world/asia/15google.html?scp=1&sq=for%20google%20a%20threat%20to%20china&st=cse

5. Human Rights Watch communique, “China: Google Challenges
Censorship; Other Companies Should Follow Suit”, Human Rights Watch, Jan 12, 2010
http://www.hrw.org/en/news/2010/01/12/china-google-challenges-censorship

6. Shaun Rein, “Google’s Act of War Against China”, Forbes.com, Jan 14, 2010
http://www.forbes.com/2010/01/14/google-china-threat-leadership-citizenship-rein.html

7. Farhad Manjoo, “Don’t be Evil 2.0”, Slate, Jan 13, 2010
http://www.slate.com/id/2241437/

8. Sky Canaves and Loretta Chao, “Chinese Web Users Plan Tech Workarounds, The Wall Street Journal”, Jan 15, 2010 http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704363504575002772946324934.html

9. Amol Sharma and Jessica E Vascellaro, “Google and India Test the Limits of Liberty”, The Wall Street Journal, Jan 4, 2010
http://online.wsj.com/article/SB126239086161213013.html

10. S Mitra Kalita, “India's Tech Minister Offers His Take on Google, China”, The Wall Street Journal, Jan 14, 2010 http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703414504575001380081720578.html

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