故森嶋通夫の著作を読む—「小国日本の歩むべき道」再論 (1/2)2010/02/12 20:56

「小国日本の歩むべき道」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/12/13/4756047
を書いたことがきっかけとなって、故森嶋通夫の本を読みなおしている。森嶋のことを知らない人のために彼に関する英文版と日本版のWikipediaの記述の冒頭部をまとめると、こんな感じになる。

<森嶋通夫(1923年7月18日~2004年7月13日)大阪府生まれの経済学者、専攻は数理経済学と計量経済学。一般均衡理論、経済思想史、資本主義経済論に関心。1970年~88年まで
London School of Economics (LSE)のSir John Hicks Professor of Economics。大阪大学名誉教授、British Academy(イギリス学士院)会員。>

学者としての人生の過半を英国で過ごした森嶋は、日本人の社会科学者としては珍しく、「日本解釈」によってではなく、経済学の一般理論に関する研究を海外で行い、結果を海外で発表し続け、世界の学会で認められ、ノーベル経済学賞級の業績を残した人物だ。

森嶋は経済学に関する著作はもっぱら英文で著したが、1977年に岩波新書から出した「イギリスと日本」以降、積極的に日本の一般的な読者の啓蒙のための文章を雑誌や本で発表していた。「イギリスと日本」は現在47刷を続けるロングセラーだ。発刊当時「日本もイギリス病にかかればよい」と言うメッセージを含んでいたため、イギリスを「沈み行く老大国」と揶揄して考えるのが一般的になっていた当時の日本人にとっては衝撃的な内容の本だったが、1970年代初頭のイギリスに留学したことのある私にとって、この本のイギリス観は当時の私のものと心地よいほどまったく合致していた。

森嶋の言う「英国病」とは

<少数精鋭で育成された、自分で論理的に考える頭を持ち、必ずしも「経済的な成功を至上の目標」と考えない価値体系を持った人たちの価値観が支配的な社会の状態>

とでも形容すればよいと思う。

もうひとつこの本で森嶋が指摘していた重要な点は日本は製造工業国を卒業すべき段階に来ているという認識に基づく

<日本がこれから挑戦しなければならない課題というと、まず第一に、物をつくることでなく、物をつくる方法を生産する(科学、発明)ということがあります。(「イギリスと日本」p 190)>

という指摘だ。英国病羅病はこの方向に日本を導くための方法として登場する。

もっとも、その後のイギリスの状況を見ると、イギリスは日本ほどではないが大学を増産し、なかんずく「経済的な成功を至上の目標」とするアメリカ流のビジネススクールが増産されるに至った。直接実業の役に立たない学問を教育する象牙の塔の象徴であったオックスフォード大学やケンブリッジ大学にも、アメリカのビジネススクールに比べればかなり小規模ではあるが、ビジネススクールができた(オックスフォードのSaid Business Schoolは1996年、ケンブリッジのJudge
Business Schoolは1989年にそれぞれ開学)。つまり英国は英国病脱却の方向に舵を切ったわけだ。

1986年に英国の金融自由化であるBig Bangがおきると世界の金融の中心としてのロンドンの地位が急上昇し、1990年代を通じ2008年の金融バブル崩壊まで、金融を中心とした高付加価値のサービスを核として英国経済が急成長し、その過程でイギリス人がけっして「『経済的な成功を至上の目標』と考えない価値体系」を持っていたわけではなく、耐乏生活と揶揄される、或いは英国人自身が自嘲的に語っていたそれまでの姿は「低成長経済のもと耐乏生活を余儀なくされ我慢していた」ということがわかったのである。

おそらくその認識もあって、森嶋は晩年の著作で、日本人の若者を英国病患者にしろという主張はしなくなった。しかし、英国病とは裏腹な「お受験」指向の画一的な教育システムが更に進み、その結果生まれてきた自分の頭を使った思考をする能力が停止したような若い世代の日本人に接するにつれ危機感が強まって行ったようだ。森嶋は関西のある一流私立大学の大学院で講義した際の経験をもとに言う:

<しかし学生たちは真面目に講義を聴いた。一生懸命に聴いていることは私にも、ひしひしと伝わった。しかし二、三の学生を除いて彼らは質問をしなかった。議論らしい議論が私との間に、また彼ら同士ですることは殆どなかった。

例外の一人は女子学生であった。他の女子学生よりも学生らしい雰囲気を持った人だったので話しかけると、台湾から来た人であった。

(中略)

試験の代りに私は彼らにエッセイを書かせた。彼らは、問題をつくり上げ、それを分析したり議論するという学生が心得ていなければならない技術に無知だった。だからエッセイは小学生の書く綴り方と殆ど変わりなかった。(「なぜ日本は没落するか」pp 50-51)>

ちなみに「熱心に聴講するが質問が出ない」というのは私が自分の勤め先(それなりに大きく、入社試験の倍率も高い日本の有名企業)の社内セミナーで講師をしたときの経験と同じだ。私の場合そのようなことも予想して、試みにこちらから任意の出席者に質問をしてみたりしたが、概ね「今日は準備してきていないので」とか言って逃げられた。積極的に質問してきたのは子会社に勤める中国人の社員くらいなものだった。社内でレポートを書かせると事実をそのまま書いているうちはさておき、多少分析を伴う議論になるとおよそ論理もへちまもあったものではない文章が出てくるので、このあたりの私の感覚は森嶋とまったく同じだ。

森嶋の本を読んでいると、晩年の彼が日本の行く末に対する強い危機感を持っていたことがわかる。しかしさまざまな事例を見ていると科学的な構想力を70歳代以降維持するのは困難だ。晩年の森嶋の著作は同じことの弾きなおしが多く変わり映えがしないので、引き続き「なぜ日本は没落するか」を使ってもう少し論を進めてみよう。

「なぜ日本は没落するか」で森嶋は2050年の日本を描いてみせる。予測の手法は極めてオーソドックスに著書が書かれた当時の日本の人口構成に基づいた2050年の人口構成の予測をするところから出発する。ただその予測を展開するに当たって、著書が書かれた当時の日本の人口構成に世代ごとの考え方や行動、そして上述の日本の教育のありように対する彼の考え方を踏まえた展開を行っている。その結果彼は、人口の減少もさることながら

<このような現実を見ると悲惨である。しかし私たちは、このような現実の彼らを前提にして、50年後の彼らの人生の絶頂期に彼らはどんなリーダーになっているかを推論しなければならない。(同書 p 52)>

という諦観に到達する。ここまでの分析は、経済学者が良く使うother conditions being equal(他の条件にして等しければ)と言う前提付で非常に正しい見通しだと思うが、状況の打開策としての彼の処方箋の東北アジア共同体論になってくると

<私の提唱する「東北アジア共同体」は幾つかのブロックからなるもので、中国を例えば6ブロック、朝鮮半島と日本を各2ブロックにそれぞれ分け、台湾を1ブロックとし、沖縄(琉球)を独立させてそこに首都を置く。(同書 p 155)>

と言った荒唐無稽な提案が出てくるのでついてゆけなくなる。森嶋が生きていたら「これこそが社会科学的な構想力だ」というだろうが、中国は自国を6ブロックはおろか2ブロックに分けることすらまったく非現実的であるという認識が彼にはなかったようだ。処方箋のあたりでそろそろ森嶋から離れよう。

「このままでは日本の将来は悲惨だ」と言う森嶋の分析を念頭に、2010年現在の世界を俯瞰するとどのような総括ができるだろうか?

コメント

_ 植杉レイナ ― 2012/12/14 08:53

初めまして。
 日本人のノーベル経済学賞候補について検索している間にこちらにたどり着きました。 山中伸弥先生のノーベル賞受賞に湧いたわたくしたちですが,平和賞がEUであったことの意味や,経済学賞の意味とは何だろうとか,報道がスルーしている部分について,いろいろ考えることができましたことを,お礼申し上げます。ご紹介に倣いますと,わたくしは多分noisy majyorityです。

_ Mumbaikar ― 2013/01/22 17:41

遠路はるばるご苦労様でした。森嶋先生亡きあと日本人のノーベル経済学賞候補は当分出てこないのではないでしょうか(まさか無制限金融緩和論の浜田宏一にはめぐって来ないことを祈りつつ)

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