さて誰が本当のこといってるんだろう?2011/06/09 22:59

東日本大震災の影響もあって一層先行きが不透明になった現在の日本の経済状況脱却の方法として、経済学者を含む「識者」はいくつかの全く異なる処方箋を提示している。

一方は国債の増発を財源とする政府のインフラを中心とした財政支出を求めるものだ。これは野村総合研究所のリチャード・クーの以前からの主張だが、同趣旨の論陣を張っている人として論旨が明快なので最近脚光を浴びている三橋貴明と言う人もいる。慶応義塾大学名誉教授で現千葉商科大学学長の島田晴雄も財政支出を提案している。ただし、クーは国債を民間が引受けることを想定しており、島田は日銀引受を想定している。民間が引受けるということは政府が民間の余剰資金を吸い上げるということで、日銀引受とはストレートにいえば日銀にお金を発行させる、つまりは通貨インフレを起こさせるということだ。

もう一方は早稲田大学の野口悠紀夫が提示する、経済は電力不足で縮小均衡するので増税によって消費を殺いで、そこで得た財源を破壊されたインフラ投資に回せというものだ。3月11日以来原発問題についておおむね明快な論理に基づく対処方針を示している大前研一も経済学者ではないが増税派だ。彼の場合は時限的な臨時課税をすべきだという主張だ。

比較的最近読んだ文章では元経済企画庁経済研究所長という官庁エコノミストのトップに上り詰めた現法政大学教授の小峰隆夫の増税+国債発行論というのがある。

対照的なのが小泉内閣の経済政策を担当していた竹中平蔵の減税論だ。

それなりの「大御所」と言われる人たちが、増税だ、減税だ、国債の増発で財政支出だ、とまったく異なることを主張しているのだから、実際の政策を決めることになる政治家が何をしようか戸惑うのもむべなるかな。

民主党の政治家に申しあげておきたいことは、いずれの説も、主張している当人の「仮説」であって、それが本当にその通りにうまく行くのかどうかは誰も保証してくれていないということだ。従い政治家たるもの一定のビジョンと論理を持って、それを確信してビジョンの実現に向け孤独に政策を展開してゆくしかない。その結果が悪ければ潔く国民の審判を受けるだけのことだ。

そうは言っても経済学を多少知らないと誰の説をとるのがよいのかイメージもつかめないだろう。このブログを読んでいる政治家がいるとの前提で私なりの講評をやってみよう。

最初に竹中説を取り上げよう。減税をすると経済が活発化して、その結果税収も増えるという議論はレーガン大統領の経済政策顧問会議Economic Policy Advisory Boardで委員をしていたアーサー・ラッファーが主張したので有名になったが、アメリカの財政はその結果膨大な赤字をため込むことになった。クリントン政権の時に何とか財政赤字の整理の端緒についたがブッシュ政権で再度減税論が復活し赤字が積みあがって今日にいたっている。日本の財界は日本の企業所得税が高いと騒ぐが、そもそも今の日本のように企業がひたすら投資をセーブして現金を積み立てるような性向を持っている国で減税をやっても経済刺激効果はでず、むしろ経済が更に萎縮してそれに活を入れるため財政赤字がさらに積みあがる事態になると考えた方が妥当だ。

しからば財政が出動する場合の財源は増税か国債発行か?マクロ経済学の国民所得の定義式は以下だ(これに基づいた日米独中印の経済比較は「中国とインド (2/2)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/10/09/4623639
ご参照)

国民所得(Y) = 消費(C)+ 投資(I) + 政府部門投資(G) + 輸出 - 輸入

クーの考え方は次のようにまとめられよう。日本は今 C と I が委縮している。これまでは輸出が何とか持っていたので、経済はかろうじて縮小均衡するようなことにはならずにすんでいたが、リーマンショック以降の世界では円高も進み、輸出がままならなくなってきたので G をどんどん繰り出すべきだ。幸い C と I が委縮してくれたおかげで、金融機関には融資先のない現金が積みあがっており、これをどんどん国債の買い付けに回せば財源が確保できる。島田が主張する日銀引受については「経済が低迷しているところにお札をばらまくようなことをすれば、後にインフレだけが残るだけだ」として日銀のウケが悪い。私もこの日銀の立場には同感だ。

野口の論の組み方はクーより大分複雑だ。東日本大震災の影響で電力不足が起きており、経済はつまりは Y は否が応でも縮小する方向に動いている。しかし復興需要のせいで I が増加するから、C や G や純輸出(輸出-輸入のこと)が縮小しないと均衡できない。I が増加すると資金需要が高まる。復興需要にお金が回り始めると資金不足になって金利が上がり円高が進み輸出が減り輸入が増えて均衡が起きるのが本来の姿だ。しかし日本は円高アレルギーが強いので円高阻止の動きが出て輸入が順調に伸びない。復興のためには I と G を増やすことが必要なので C を殺いでバランスさせなければならない。C を殺ぐには課税が必要だ。資金源に国債増発?そんなことをすると国債が本来復興需要に回るべきお金を吸い取ることになるので資金源は課税が妥当な方法だ。

本当にそうだろうか?まず電力不足で Y が縮小する話。日本の企業はこういう目先の事態に対しては結構対応が早い。社員を発電余力のある朝に早朝出社させたり夜働かせたり、ウィークデーは休みにして土日に操業したりは朝飯前。細かくピークカットの算段をしたりとあれこれ工夫する。本当に電力不足で Y が縮小するのだろうか?

次に「輸入が増えにくい」という点。震災からまだ3カ月しか経過しておらず、輸出入通関統計はまだ3、4月の2カ月分しか出ていないので断定は禁物だが、過去5年のトレンドから見る限り輸入が急成長していることがわかる。資金需要が活発化して金利がピンと上がり始めているのかと思いきや日銀統計を見ると金利は2008年第4四半期から一貫して下がり続けている。確かに本年4月に上昇に転じてはいるが、上昇の幅が年率0.01%程度という極めて低位なので、これをこのまま金利上昇に向けた屈折点と断定することはできまい。日銀が発表する「貸出・資金吸収動向等(速報)総貸出平残(銀行・信金計)」を見ても、確かに4月は対前月比1.9兆円増だが、そもそもこのレベルは対前年比12.6兆円減であり、とてもではないが資金が足りなくなってきている予兆はよみとれない。まあフェアに言えば統計があるのが4月までなので、野口の仮説が的を得ているのか否かの判断をするのには、正直なところ時期尚早というところだろう。ただ「時期尚早」と言って次の統計が出て来るのを待っていることはできない。

クーの考えについてはどうか?「今こそ社会政策の拡大を (1/3)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/11/4238642
(私これを2年前に書いてるんですねぇ…)で書いたように私は何でもよいから政府の財政投入を行えという議論には反対だ。やはりばらまく以上は必要性と投資効率を見ながらばらまかねばならない。さらに書けば、国債の消化について「普通の借金と違うので簡単に借り換えができるか?などいらぬ心配をするな」と言われてもやはり心配してしまう。国民は一貫して老化しているので、いずれ国債を売って生活費にまわすことになる。企業にしたところで停滞する日本経済を相手にしている限りそんなに利益が伸びない。となると銀行がため込んでいる余裕資金の方もボンボン国債を引き受けさせればだんだん減ってくるのではなかろうか?もっとも「震災の影響で C や I が課税などせずとも勝手に委縮した」とすると、課税せずとも国民所得の方程式は縮小均衡しており、国民所得を増加させたいなら目をつぶって G を投入するしかないということになるのかもしれない。

そんなことを考えていると、存外小峰の増税+国債増発(ただし、私のお勧めの順番はあくまでも国債増発をやって様子を見ながら増税)が妥当な着陸点なのかもしれない。

繰り返すが、そんなにデータが出そろっているわけではない。また上で見たように何をすべきかについても百家争鳴で誰の意見を聞いていいのやらの状況だ。自分で仮説を立てて、目をつぶって経済政策を作る必要がある。

ただ今の日本の場合、経済政策をいくら駆使しても増税路線に走れば国民が委縮して何をやっても経済の停滞は継続し、国債を増発して財政政策を駆使しても砂漠に水をまくようなもので大した効果は出ずに国債の発行残高だけが積みあがるのでは…ということになる気がしてならない。経済的な処方箋はもはや効力が相当落ちていると思う。何度もこのブログで書いたが、経済以外の対策を取らないとどうにもならない状況にあるとの認識が必要だ。

水のなるほどクイズ2010