新年に介護のことや金融のことを考えた2012/01/03 12:17

暮れから正月にかけてこの問題についてずいぶん考えさせられることが身辺に起こったので、新年最初のブログはこのテーマで書いてみたい。

暮れに独居する義母が肺炎で近くの病院に入院した。12月に入ってからどうもセキが抜けない状態が続き、妻が日中も夜間も相当の時間義母のもとに付き添っていたが、どうもいっこう状態がよくならない。妻も体調を崩し、思い余って知人に医師を紹介してもらって往診してもらった。その医師は看護士と共に義母の住居に往診してくれ、テキパキと採血し、結果が出た夕刻に「これは肺炎なので明日すぐ入院して下さい。近所のS病院の救急に連絡しておきます」という連絡をしてきてくれた。翌朝「私は病気ではない」「入院なんかするほどのことではない」と義母がぐずったが、その医師が駆けつけてきてくれて説得してくれたおかげでようやく私の運転するプリウスでS病院の救急病棟に入院と相成った。病院のレントゲンで肺に影が見つかったが、CTスキャンを撮ったところ左肺の下の裏側に病巣が見つかった。二度も駆けつけてくれた医師にはほんとうに感謝感謝だ。

妻が「やっと夜は家に帰ってベッドで眠ることができるようになった」とホッとしたのもつかの間、義母は5日後に退院してきた。義母には軽度のボケがある。19年前私の実父が脳内出血で入院したら急にボケてきた記憶があるので、義母が入院した際一番恐れたのはボケの進行だ。早めの退院の一因は病院側がこのまま入院させておくと義母のボケが進行することを避けたかったからではないかと考えている。

年末になってインドネシアから義理の甥の一家が帰省してきた。義理の甥は現地の華僑系建材会社オーナーの長女と結婚し、現在は独立して現地で事業をやっている。「建材会社」というと日本では住宅部品の総合卸のようなイメージだが、彼女の実家はジャングルから原木を伐採するところから建材の製造までやっているが、住宅部品の方はこれからの事業だ。一族で経営する企業が炭鉱をやっていたり、彼女自身ヒマシ油の原料となるトウゴマのプランテーション事業をやっていたりと、建材会社というよりはむしろ「資源開発」をやっている企業グループといったほうが良いのかもしれない。

一悶着あったが元日に義母を説得して家に連れてきて、息子夫婦や義理の甥の家族もよんで家族でささやかな食事会をやった。曾孫たちに囲まれてワイワイやっているうちに、帰る頃には義母の機嫌は著しく好転していた。

以前イギリスの歴史家のアーノルド・トインビーが近代社会は老人を隔離して不幸にする社会だといったことをどこかの対談で語っていたが、確かに大家族制のもとでは、特に家事を任せられる使用人を抱えることのできる裕福な層の大家族においては、老人は始終家族に囲まれ、面倒な事は使用人が処理してくれるので、幸せそうにしている。義母もつかの間ではあってもそのような時間が過ごせたわけだ。

この食事会、70歳になる義理の甥の母親(つまり私の妻の従姉妹)が体調を崩し同席出来なかった。食事会の傍らで義理の甥の奥さんに議論をふっかけられた。

彼女: 日本がこれから高齢化するということはみんなわかっている。Great auntie(大叔母、義母のこと)にしてもオカアサン(彼女の義母、つまり妻の従姉妹)にしても、私たちは日本にいるわけではないので四六時中面倒を見ているわけには行かない(日本にやってきたらオカアサンがダウンし、その面倒を見ることになったので結構印象がきつかったのだろう)。インドネシアは人が余っているのだから、人を募集して日本でお手伝いさんをやるための基本的なトレーニングを行なって日本にお手伝いさんを派遣することを考えている。その目的でインドネシアでNPOを設立しようと思うがどう思う?(いいところに目をつけましたねぇ)

私: 香港やシンガポールでは政府がそういう言うことを認識して、システムを作ってフィリピンやインドネシアからお手伝いさんを導入しているが(このあたりの話は当ブログのエントリー「適材適所は世界から」ご参照 http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/12/07/4745996 )、日本ではこのシステムがない。例外は在日の大使館員や外国企業の一定以上の地位にある人達で、彼らにはお手伝いさんの身元保証人になって連れてこられる出入国管理法の例外規定の適用がある。NPOを作ってトレーニングをしてもそもそもその人達に日本のビザが下りない。最近日本政府は老人介護のために外国人のヘルパーの導入を認めているが、2年たった所で日本人でも厳しい介護士の試験を日本語で受験して合格しなければならず、ほとんどの人はこれに合格できなので2年で帰国している。

彼女: なんで一番困るだろうあなた達が運動を起こして政府を動かさないのか?(痛いところをついて来ましたねぇ)

私: 日本は民主国家だ。雇用や治安維持のため外国人の雇用を極力制限すべきだという議論があるかぎり、外国人を特にこの種の職種で大量雇用することはなかなか認められないと思う。外国人導入制限論は日本では極めて根強い。

彼女: それでは日本はこれからどうするのだ?(傍らによってきた義理の甥をつかまえて)あなた、オカアサンのことをこれからどうするのかもっと真剣に考えてよ。インドネシアに来てもらっても構わないけど、オカアサン英語ばっかりでしゃべるのいやだっていってるし(義理の従姉妹はアメリカに住んでいた経験を生かし、英語の私塾をやっていたくらいなのだが「やはり日本語の世界に住みたい」と言っている)。

私: 日本がいつまでたってもダメだからマレーシアのMalaysia my second home(マレーシア我が第二の故郷)プログラムでマレーシア移住もありうべしだ。これだと300万円くらいマレーシアの銀行に預金すれば永住権が取れる(後述するように永住権は私の間違いで、延長可能の10年のビザが発給される)。

彼女: そんなプログラムがあるとは知らなかった。インドネシアと違ってマレーシアなら街中を散歩しても安全だし、清潔だし、それは良いプログラムだ(話をそらせられたぁ)

参考: Malaysia my second home (略称MM2H)はマレーシア観光省が管轄するプログラム。現状60歳以上でマレーシアと国交のある国の国民であれば、マレーシアの銀行に15万リンギ(約360万円)の定期預金を置き、本国に50万リンギ(約1,200万円)以上の資金と毎月1万リンギ(約24万円)の収入があることが証明できれば、10年有効の入国査証が発給される。この入国査証受給者は永住権に近い資格を取得できるので、この入国査証を持っていると、マレーシアにおける不動産の取得、投資、雇用(ただしフルタイムの雇用は不可)が可能になる。更に自動車の輸入関税が免税になるなどの特典がある。詳細はマレーシア政府観光省のウェブサイト http://www.mm2h.gov.my ご参照。日本語ページ http://www.mm2h.gov.my/japanese/ もあるが、英語ページが本ページなのでこちらのほうが内容が充実している。

MM2Hの話は苦しまぎれにした話だが、老人介護の問題やそれをどう実際に対処してゆくのか、その費用をどのように捻出してゆくのかは極めて重要な問題だ。

確かに数千万円の頭金を積めばそれなりの老人ホームに入居できる。

しかしその数千万円が調達できない人に対してどのような体制で臨める状態なのだろうか?介護保険で提供されるサービスレベルのアップに外国人をもっと積極的に使わないのか?(この主張については上記「適材適所は世界から」や「野口悠紀雄の近著を読む—日本の進路についての処方箋[追録]」 http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/07/27/5253261 を参照願いたい)

その数千万円が調達できるだけの資産がある人は、どうやってその資産を現金化すれば良いのだろうか?売却するしか手はないのか?

実は売却しなくてもすむ場合がある。リバースモーゲージというシステムを使うことだ。

この機会にリバースモーゲージのことを調べてみた。リバースモーゲージとは自宅を抵当に入れて金融機関からお金を借りる際の一つの仕組みだ。元利の返済が資産を手放す事態になるまで免除されるシステムだ。リバース(逆転)と言われる理由は、通常の融資では、月日の経過とともに返済が進み借入残高が減るものが、リバースモーゲージでは逆に借入が積み上がってゆくからだ。債務の弁済は借り手が死んだ時点で抵当に入っている資産を売却して実施する。残りがあれば相続人に分割することになる。詳細はウィキペディアのリバースモーゲージの項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%83%E3%82%B8
をご参照願いたい。

ところが調べてみて驚いた。

[以下は東京都在住を前提にして書かれているので、他府県在住者には当てはまらない部分があると思われます]

東京都社会福祉協議会が運営する「不動産担保型生活資金貸付事業」というのがある。これがまるで使えない。金利は「年3%又は当該年度における4月1日時点の長期プライムレートのいずれか低い方を基準として定めます」と極めてリーズナブルなのだが、前提は「同居人は、配偶者か、借受人もしくは配偶者の親に限ります」ということなので老人夫婦のみの世帯で、「マンションのような区分所有建物は、本制度の貸付対象とはなりません」ということなので一戸建てに住んでいなくてはならず(東京のようにマンション居住者が多い所ではまるで使えない)、担保不動産が「現に居住する自己所有の不動産(土地と建物)」という要件を満たしてないとだめなので、介護付きの施設に引っ越すための頭金の借入には使えないということになる。まるでツカエマセンねぇ。

中央三井信託銀行の「リバースモーゲージ(住宅担保型老後資金ローン)」というのがあるが、対象が満83歳以下ということなので87歳の義母は対象外だ。対象となる地域が東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県・愛知県・大阪府・京都府・兵庫県となっているのに、担保の対象となる不動産が「お客様所有の土地付一戸建住宅」というのもツカエナイ。そもそも中央三井信託銀行は住友信託銀行と4月1日に合併を決めているので、新体制のもとリバースモーゲージがどうなるの状況は流動的だ。

東京スター銀行の「充実人生」新型リバースモーゲージというのがあるが、「契約者ご本人さまが55歳以上80歳以下」と書いてあるのでこれまた義母は対象外だ。

西武信用金庫の「リバースモーゲージタイプローン 『生きいきライフ』」。これまた融資の担保になるのは一戸建て住宅で、80歳未満の方。より地域密着型のはずの信金がこれではイケマセンネェ。

いずれのケースも日本の金融機関の悪いクセでどうも連帯保証人が必要だ。そもそも金利で担保不足になるリスクをカバーしているのではないのか?社会福祉協議会は社会政策でリバースモーゲージをやっているのではないか?

「今こそ社会政策の拡大を(1/3)」 http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/11/4238642 などのエントリーから明らかなように、私は原則的にはリチャード・クーのバランスシート不況論の主張に賛成するものだが、こういうことを見ると改めて日本の金融機関の努力不足が印象的だ。なかなかお金を借りてくれない大企業相手より、地道に個人向け金融商品の使い勝手を上げる知恵をひねれないものか。

そんなことを正月3が日の間に思った。

巷説を排す – そんなにアメリカとEU圏で状況が異なるのか?2012/01/18 00:39

ユーロ危機について語る場合、よく連邦制国家のアメリカと対比して「ユーロ圏は金融政策が統合されているが、財政政策は域内各国が独自に策定できるのがアンバランスで問題だ」といった種類の議論が行われる。

現在のユーロ危機が生起した背景を調べれば、ユーロ圏に加わったアイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリー、ギリシャなど欧州周辺諸国(PIIGSとかperiphery statesとか言われる)が、加盟と同時にドイツ並みの低金利の恩恵に浴し、EU本部からの補助金も得て経済成長がはじまり、それをめがけて欧州各国の銀行が資金を貸し込み、投資家が投資を行っていわゆる好循環が始まり、それがバブル状態に至ったことは事実だ。

何でドイツ並みの低金利になったかと言えば、「マーストリヒト条約で財政規律を協定したユーロ圏諸国の経済の安定性は平準化され、その結果周辺諸国に貸し込むリスクはドイツやオランダに貸し込むリスクと大差ない」とみなされたからだ。

そのバブルが弾け、PIIGS諸国の政府当局は経済のブレーキを踏んでバブルで膨らんだ経済を引き締めることが求められ、バブルの原因になっていた資金の返済を求められた。

数年前に知人のアイルランド人の弁護士がどんどん借金をしてどんどんアイルランドの都市部の不動産を買うので「そんなに需要があるのか?」と尋ねたら「南の共和国では新たなサービス産業が増えて景気が良いし、イギリスの一部である北では復興需要で景気が良いので今がチャンス」と言われたが、Celtic Tigerケルトの虎といわれたアイルランド共和国は現在バブルが崩壊して経済建て直し中だ。彼の不動産投資はどうなったろう?

貸し込まれたお金のほとんどは既に、弁護士の知人のケースのように、不動産のような固定資産にまわっており、一挙にこれを流動化する(つまり売ってお金を作る)わけにもゆかないので、EU諸国の政府やECB(欧州中央銀行)主導で債務の繰り延べや、追加融資や債務の減免をやって軟着陸をめざしているのが現状だ。関係者の合意がなかなかまとまらないので、その都度「ユーロ危機だ」との観測が流れるが、「債権者と債務者の交渉ごとはいつもゴタゴタするものなので、いずれなんらかの着地点に到達するであろう」というのは2010年春のこのブログの一連のエントリーにおける私の主張のポイントだ。当時のエントリーは以下のとおりだ(ずいぶん書いたなぁ):
「EUの政策はこう作られる—ギリシャ経済危機への対処をめぐって」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/03/27/4975737
「それでもなんとかなるでしょう」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/04/06/4997644
「ユーロ防衛策発動に思う」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/05/11/5080565

このようなEUの状況をアメリカと対比し「どう本質的に違うのか」という点について注意深い検討を行うことが必要だ。

英語ではアメリカの州のことをState(国家)と呼んでいることからもわかるように、アメリカはドルという共通通貨で結ばれた連邦制国家だ。「いやいや州と国家では違う」などと言ってはいけない。アメリカの代表的な国際取引法の教科書に登場する判例は、州にまたがる事案の処置に関するものから出発しており、州は国家なのだ。

「国境を越えると言語や文化が異なるヨーロッパと、地図に真っ直ぐな人工的な州境の線が引かれているアメリカでは異なる」と言っても、アメリカの州が外交権や対外的な軍事権を連邦政府に委ねた国家であるという事実は変わらない。

そのアメリカの州レベルの経済政策はどうなっているのか?州財政の破たんが日本のメディアにも登場したカリフォルニア州を例にとって考えてみよう。

2009年にカリフォルニア州が債務不履行になりそうになり、当時のシュワちゃんことシュワルツネッガー知事が連邦政府による州債の保証を要請した。ところがオバマ大統領は「連邦政府はそのようなことはできない」と言ってこの要請をけっている。アメリカの中央銀行であるFRB連邦準備銀行も別にカリフォルニア州債を担保に資金を州政府に貸し出すような支援策をとってはいない。

これをPIIGS諸国の場合と対比してみればよい。EU諸国はPIIGS諸国の問題が起きた時点で即座に首脳会議を開き、IMF国際通貨基金とも連携してあれやこれやの対策を繰り出している。最初のうちは対応が消極的だったECBも、遅ればせながら様々な金融支援策を打ち出している。ギリシャ関係だけで首脳会議はこれまで10回開催され、都度対策が発表され、ECBの支援策も継続している。

連邦政府の支援がないカリフォルニア州は結局州の専管事項である教育や警察などの公共サービスを削ったり、公共事業を削減したり延期したり、果ては州の支払延期をしたりしてしのぎながら今日に至っている。何とか持っているのは州債の発行ができているからだが、金融市場がどこまで今の事態に目をつむって付き合ってくれるのだろう?

カリフォルニア州の公立高校の教師をしていた人物と話していたら、英語の不自由な移民の子弟向けの教育プログラムの話をしていたので、私がHow is it funded?(財政的にはどのようにサポートを受けているのだ)と質問したらNo funding(予算措置なんて講じられていない)と言って首をすくめられた。彼のそのプログラムは民間の善意に支えられて存続しているということだった。

今のところ問題はカリフォルニア州債の若干の利回り上昇程度ですんでいるが、州財政が根本的に破たんして、公共サービスが更に削られたらカリフォルニアの経済成長には甚大な影響が及ぶ。目先の治安や生活環境の悪化だけではない。インフラの補修の遅れや、公共交通機関の削減、公教育のレベル低下は長期的には必ずやボディーブローのように効いてくる。治安や生活の不安を覚えたカリフォルニア州民が大量に近隣の州に移住してくることになるだろう。こうなった時金融市場はどう対応するのだろう。

カリフォルニア州で州の財政危機が起きる理由は、州内に財政赤字を埋めるだけの富が存在していないということではなく、税収を増やすために増税しようにも州議会で簡単にこれに対する賛成を得られないからだ。PIIGS問題は、ユーロ圏全体ではPIIGS諸国の債務を十分帳消しにできる資産があるにもかかわらず、その分配をめぐってユーロ圏諸国間でなかなか調整がつかないだけのことだ。カリフォルニア州にしても、ユーロ圏にしても単に資金負担を巡ってモメているという点では全く異ならない。

否「PIIGS諸国を突き放すのではなく、何とかしようとEU諸国があれこれ議論をして遅まきながらも対策を打ち出して行くだけ、EUの方がマシではないか」という評価もできよう。

現在市場はユーロ圏の混乱に目を向けているが、これは単に「アメリカでは金融政策と財政政策両方を連邦政府やその機関が立案、執行できるから問題の処理が統一的にできるだろう」という勝手な思い入れの結果であり、この種の思い入れは州財政の破たんというストレステストが行われていないことには目をつぶっているから可能であることを忘れてはならない。アメリカの州が本当に破産し始めたら、連邦政府は州財政の救済に乗り出すのだろうか?現在のアメリカの二極分解した政局を見れば、連邦政府が容易に救済に乗り出せないことは一目瞭然だ。

何かの契機でアメリカの財政が裸の王様にすぎないことが分かったとき、世界の金融業界はどうするのだろう?

アメリカの分裂2012/01/27 23:50

この1週間くらいで、アメリカの経済紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)と高級全国紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)にアメリカ社会の現状について面白い記事が出ていた。両方の記事の内容は関連するため、ここでまとめて解説したい。

まず1/21のWSJに掲載されたThe New American Divide(アメリカ社会の新たな断層)という論説記事から。

書いているのはアメリカの保守系シンクタンクAmerican Enterprise Institute (AEI)のCharles
Murrayチャールズ・マレーで、記事は1/31に発売予定の彼の著書Coming Apart: The State of White America, 1960–2010(分断:1960~2010年の間のアメリカ白人社会の状況)の抄録だ。
AEIの研究員はWSJの論説ページに頻繁に登場し概ね「政府の規制を取り払えば、或いは税率を下げれば、世界は良くなる」といった趣旨の論を展開するのが常だが、この論説はそのような傾向とは一線を画すものだ。

マレーは1960年から2010年の間のアメリカ社会の実証データの分析から、以下のような事実を抽出している。

1960年、30~49歳のアッパーミドル層の94%は結婚しており、同じ年齢層のブルーカラー層の
84%は結婚していた。これが2010年にはそれぞれ83%と48%に低下している。つまり今日のアメリカの壮年白人ブルーカラーの既婚者は半分以下だということだ。

1970年、高卒で教育が終わっている白人女性の6%がシングルマザーだったのが、2008年にはこれが44%になっている。一方アッパーミドル層では同じ時期この比率が1%から6%に増加したにすぎない。客観的にいって片親家庭では経済的な事情で子供の高等教育にまで手が回らないことが多い。今のアメリカの高卒で終わった女性の子供の半分近くは十分な教育を受けられないまま成人する可能性があるというわけだ。

高卒で教育が終わっている男性で30~49歳の年齢層で働いていないものの比率は1968年に3%であったものが、2008年には12%に増加している。同じ時期アッパーミドル層ではこれが3%のままほとんど変わっていない。就労していてもその実質が変わっている。高卒で終わっている男性の場合は毎週40時間未満しか働いていない層が1960年に10%であったのに、2008年にはこれが倍増している。アッパーミドル層だと同じ比率が9%から12%に増加しただけだ。

これから読みとれるのは、アメリカのブルーカラー層の状況が家庭を持たず、子供が生まれても片親家庭で、就業していてもフルタイムではなく、とアッパーミドル層に比べ一方的に悪化している姿だ。

マレーによればアッパーミドル層の中のエリート層は現在のアメリカをあらゆる面で支配しており、彼らはどんどん自分たちだけのコミュニティーを作っているという。エリートに生まれればエリートになり、エリート社会が自己増殖しどんどん外部からは閉ざされている。

As a result, the most successful Americans will continue to trend toward consolidation and
isolation as a class. Changes in marginal tax rates on the wealthy won't make a difference.
Increasing scholarships for working-class children won't make a difference.この結果最も成功しているアメリカ人は引き続き階層としてまとまり続け社会一般から隔絶してゆく。この傾向は富裕層に対する課税を強化しても、労働者階級の子弟に奨学金を給付しても、とめようがない。

アメリカには抜きがたい社会階層間の断層があることは1959に刊行されたVance Packard, The Status Seekers(邦題ヴァンス・パッカード「地位を求める人々」1960年)の頃から指摘されていたことだが、これをみるとパッカードの時代より価値観や行動様式の違いが拡大していることがわかる。どうしてアメリカのブルーカラー層がこのような状況に直面することになったのだろうか?

その回答は同日のNYTのCharles Duhiggチャールズ・ドゥヒッグ、Keith Bradsherキース・ブラッドシャー両記者による論説記事How the U.S. Lost Out on iPhone Work(いかにして米国の産業がiPhone製造で敗退したか)に明らかだ。

NYTの記事は約1年前の昨年2月、オバマ大統領がカリフォルニアでシリコン・バレーのトップ層と会食した場面にさかのぼる。オバマが故スティーブ・ジョブス(当時アップルCEO)にiPhoneをアメリカで製造できないものかと尋ねたところ、ジョブスはあっさりThose jobs aren’t coming back
(それらの仕事はもうアメリカに戻って来ない)と答えたという。

記事はそれからiPhone発売に至る過程でアップルの要求に対応する中国の下請けFoxconn(台湾の鴻海精密工業傘下の富士康科技集団)の、アメリカでは考えられないようなキメ細やかな対応ぶりを紹介した後、

Companies once felt an obligation to support American workers, even when it wasn’t the
best financial choice. That’s disappeared. Profits and efficiency have trumped generosity.これまで企業は、経済的に最善の選択肢ではなくてもアメリカの労働者をサポートする義務を感じていた。その感覚はなくなってしまった。利益と効率が寛大さに勝ってしまった。(Betsy Stephensベッツィー・スティーブンス、元アメリカ労働省主任エコノミスト)

Apple’s an example of why it’s so hard to create middle-class jobs in the U.S. now. If
it’s the pinnacle of capitalism, we should be worried.アップルは現在のアメリカで中産階級のための仕事の創出がいかに難しいのかの証明だ。これが資本主義の頂点を示しているのなら、懸念すべき事態だ。(Jared Bernsteinジャレッド・バーンシュタイン、元ホワイトハウス経済顧問)

というエコノミストのコメントを紹介している。

このNYTの記事については同紙の論説委員であるThomas Friedmanトーマス・フリードマンが
1/24付のAverage is Over(並みではだめだ)という論説記事で「すべてのアメリカ人が高校レベル以上の教育が受けられるようにすべきだ」との論陣を張っているが、この程度のことでアメリカの労働者の立場が好転することがないであろうことは、容易に想像できる。ちなみにフリードマンは「フラット化する世界」(原題The World is Flat)の著者として日本でも有名だ。

マレー自身は

The only thing that can make a difference is the recognition among Americans of all classes that a problem of cultural inequality exists and that something has to be done about it.
(中略)The "something" that I have in mind has to be defined in terms of individual
American families acting in their own interests and the interests of their children.何か起こすとすれば、文化的な不平等という問題が存在しており、何か手を打たねばならないということにアメリカ人すべてが気付くことから始まらなければならない。(中略)その「何か」は個々のアメリカの家庭が、自分たちや自分の子供たちのために行動する中から規定されるものだ。

とえらく抽象的なことを言っていて、これまた当面の解決策にはならないだろう。

アメリカは今後ともエリート層と非エリート層の間の溝が深まるばかりか、エリート層内のスーパーエリート層と普通のエリート層の亀裂やブルーカラー層の中の亀裂がおき、社会が細かいコミュニティーに分化してゆくのだと思う。

しかしアメリカ社会の分化は恐らく1960年代から始まっており、40年以上たった今でも未だにアメリカは一国の態をなしている。さまざまなコミュニティーの間の利害の不一致が表面化するなか、アメリカがどんどん統治しづらい国になっていることは事実であるとしても、「アメリカが分解する」といった安直な結論は現在のところ出せないと思う。

とここまで書いたが、フト立ち止まって「果たして我々日本人がこの事象を『アメリカのこと』として他人事のように語っていて良いのだろうか?」と考えてみる必要がある。いわゆる小泉改革以来日本の不平等は拡大しており、このブログの「今こそ社会政策を(3/3)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/12/4241226
で指摘したように日本人の所得は全体としては停滞している。母子家庭や寡婦の困窮は深まっていこそすれ改善はしていない。アメリカのシリコンバレー長者やヘッジファンド長者のようなトテツモナイ金持ちがそう多いわけではないが、「一流」と言われる大学に進学できる学生の出身家庭の所得と、そうでない大学に進学する学生の出身家庭の所得では歴然とした大きな格差があるし、これが固定化しているとみるべきだろう。一流大学を出て、大手企業に勤務する人間に、高卒で大手企業の下請けの町工場で働く人のことが判るわけはないのである。この傾向は数十年前から存在していたが、進学戦争が進むに連れ、塾に行ける家庭の子供とそうでない家庭の子供とか、塾に行って家庭教師を付けられる家庭の子供とそうでない子供といったかたちで格差がより顕著になっているものと推測される。我々がこのことに関し十分なデータを持っていないだけのことだ。

とすれば社会の分解の問題は日本人の我々も自分のものとしてもっと考えてしかるべき問題なのだとおもう。

アメリカの分裂 余録2012/01/28 00:13

アメリカの分裂
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2012/01/27/6309041
で紹介したNYTの記事に掲載されていたエピソード。

iPhoneの画面は元々プラスチックを使用することで生産手配をしていたが、故スティーブ・ジョブスが突如「画面には傷のつきにくいガラスを採用する」「その方法を6週間以内に見つけてこい」との命令を下した。ジョブスがアップルの製品のハード、ソフト両方の細部にまでこだわっていたエピソードは他にもいろいろ存在する。

元のガラスはアメリカのCorningコーニングの製品だが、それをiPhoneの画面サイズにカットしてくれるところを見つけなければならない。アップルの担当者は中国で政府の補助金を使ってこの種のガラスのためのカッティング設備を導入した会社をみつけだした。iPhone上市の数週間前の真夜中にFoxconnの工場に画面サイズにカットされたガラスが運び込まれた。部品を受け取った
Foxconnの現場責任者は工場の寮の8000人の従業員をタタキ起こし、各人にお茶とビスケットを配ってからラインに配置した。配置された従業員は30分後には12時間のシフトで組み立て作業を開始し、96時間後にはプラントは日産1万台のペースでiPhoneの製造を行っていた。

このアップルがつきつけて来た要求に対するFoxconnの対応ぶりを読んでいて、横浜市で外国人労働者を使って3交代24時間操業でガラケー部品の製造をやっている友人から聞いている話と結構似ているので「日本と中国の下請けの親会社への対応では質的な違いはない。違うのは扱う量だけだ」と感心をしたが、「日本の下請けが中国の下請けと同じことをしていて、生産量が少ないのなら本来まるで競争になるまい」とも思った。その本来まるでコスト競争力がないはずの友人の部品に注文が来るのはガラケーのメーカーがアップルと違い日本の部品の採用にこだわり、サプライチェーン全体の利幅が薄い(つまり付加価値が低い)ことに目をつむっていることの証左であろう。

大前研一が倒産を宣言したコダックと富士フィルムを比較して、富士フィルムの株主の方が低い利益率を容認していたからだと断じているが、
http://www.facebook.com/notes/%E5%A4%A7%E5%89%8D%E7%A0%94%E4%B8%80%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%A6%96%E7%82%B9/kon397-%E6%A0%AA%E4%B8%BB%E3%81%AE%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%81%8C%E6%98%8E%E6%9A%97%E3%82%92%E5%88%86%E3%81%91%E3%81%9F%E3%82%B3%E3%83%80%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%A8%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E3%83%95%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%9C%A8%E5%9C%B0/252522541488264
アップルと日本のガラケーの場合もこの説明が通用できるだろう。

水のなるほどクイズ2010