野口悠紀雄の近著を読む--日本の進路についての処方箋 [追録] ― 2010/07/27 22:30
日本の進路についての処方箋 1/2, 2/2
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/07/15/5220305
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/07/15/5220306
で、野口悠紀雄の近著「経済危機のルーツ」についてあれこれ書いたが、その中で
< 日本の進路を切り拓く処方箋として抽象的に「教育投資」という以外書いていない >
と書いた。野口悠紀雄づいたところで野口が今年上梓したもう一冊の一般向けの本である「世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか」(それにしても長い題名ですねぇ)を読んだところ、「日本が進むべき道は何か」と言う最終章があり、「処方箋」という目で読むとその中の「新興国シフトは自殺行為」「内需主導型の経済へ」「介護における雇用創出プログラム」に彼なりの処方箋が書かれている。ただいずれも具体性や現実性に欠けるというのが実感だ。
「新興国シフトは自殺行為」
ここでは発展途上国内の需要を求めて海外に生産拠点を求めるのではなく、発展途上国の安価な労働を活用しながら「適切な」国際分業を進めるべきだというのが彼の言い分だ。
ヴィトンやプラダ等ヨーロッパの有名ブランドの一部のバッグは発展途上国の安価な労働を使って製造されており、にもかかわらずヴィトンやプラダのブランドをつけてブランドオーナーに対して多大の付加価値を生む価格で(別の言い方をすれば暴利をもたらす値段で)ブランドショップの店頭に並んでいる。
アップルのiTuneやiPhoneなども、コンセプトこそはアメリカのカリフォルニアのアップル本社で企画されるが、部品にしてもそれを組み込んだ本体にしても製造は完全にアップル本社以外に外注されている。ソフトバンク価格\48,800、アメリカのアップルストアで$499のWi-Fiのみの16GBモデルのiPadの製造原価は$230~270と見積られている。まあデパートで並ぶ商品の仕入値は店頭小売値の半分くらいだからiPadそのものの値段が暴利だとは言えないが、iPadの場合アップルの利益はiPadを売った段階でオシマイというわけではない。ちょっと考えただけで:
1. アップルストアから世界中で作られているapps(日本ではアプリ)といわれるiPad用の認定ソフトを買う度にアップルにお金が落ちる仕組みになっており
2. 更にアプリは通信回線を通して送信されてくるので、モノを流通させる手間が省ける分だけ利益率が高いし
3. 更にアプリ上にiPadのために最適化された広告を流せばアップルに広告料収入が入る
というようになっている。このようなアップルの収益モデルは野口の言う日本が進むべき「適切な」国際分業の代表格だろう。ちなみに任天堂のゲーム機のビジネスモデルはまさにこれと同じもので、野口は任天堂については「日本の企業のあるべき姿」として高い評価をしているはずだ。
しかし私が「適切な」の部分にカッコをつけたことに注意してほしい。「何が適切なのか?」の解を出すのはそんなに簡単なことではない。
一般的にいって日本のメーカーが自分の製品を差別化したりすることで高く売る技術が欧米のメーカーに比べ得手でないことは事実だが(自己主張がうまくできない日本人がやっている企業が対外的に自分の製品について強く主張できないのは一種の性なのだろうか)、企業が任天堂やアップルのような高付加価値モデルに転換するためには企業の構成員全体の意識改革に始まって相当なエネルギーが必要だ。「日本の進路についての処方箋 (1/2)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/07/15/5220305
で書いたように野口は意識改革をもたらす手段を「教育投資」と片付けているが、そもそもどのような教育投資をするのかの処方箋がかかれていない。「教育投資とは進学塾を作ることではない」ということは多くの人の賛同を得られるだろうが、そこから先の議論のベクトルが甲論乙駁でまったく収斂しないのが現在の日本の問題なのだ。
私が「故森嶋通夫の著作を読む—「小国日本の歩むべき道」再論 (2/2)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/02/17/4885272
で結局「語学教育」「大量の留学生の受け入れ」「外国人労働者の受け入れ」を一つの解として示したのは、そこでも書いたように、時間をかけて日本人の考え方が収斂するための環境づくりの必要性を痛感するからだ。
「内需主導型の経済へ」
は、「雇用や過剰設備の本格的な調整が日本経済にとっての今後の大きな課題だが、それは産業構造の転換なしには実現できない。とりわけ重要なのは、製造業で過剰になっている労働力を吸収できる産業をつくることだ。」(「世界経済が…」p. 249)という一文が暗示するように、その次の「介護における雇用創出プログラム」につながる部分なので、「介護における雇用創出プログラム」と言う暴論を野口がまだ書いていない段階で、一般論としてこの一文について「私は特に異存がない」というに留めておく。
「介護における雇用創出プログラム」
まで来ると、やはり野口の処方箋は現実味がないと言う気がしてくる。製造現場で人が余っているから、余った人たちに適切なトレーニングを施し、介護現場の雇用条件をよくして彼らを介護現場に送り込め、と言うのが彼の提案だ。これはまったく現実性を欠く。
まず野口が「わかっていない」と思われるのは「人には金を積まれてもやりたくない仕事がある」ということだ。外国人労働者を受け入れたヨーロッパの経験を見ても、外国人労働者はまず地元の人間が金を積まれてもやりたくない職場から入る。これらの職場は通常は3K職場だ。多少雇用条件をよくしても、地元の人はそのような現場によりつかないからだ。また雇用条件を「多少」以上にいじることは社会的な通念から言って許容されにくい(この点日本のほうが、欧米に比べて「職業と収入のバランスに関する社会通念が或いはゆるやかなのかもしれない」と言う議論はさておく)。我々は「介護職にはこのような3K職場としての側面がある」ことを冷静に直視しなければならない。ヨーロッパの介護現場は外国人労働者なくしては成り立っていないのだ。
もう一つ彼がわかっていないことは「人には向き不向きがある」ということだ。工場でそれまで機械を相手にしてきた人に多少のトレーニングを施しても、介護という極めてパーソナルなサービスを提供する産業に勤められる人になれるとは限らない。
最後にもう一つ。これから日本の介護に対する需要は社会の高齢化と共に確実に高まる。従いこの分野に支出される費用も確実に上昇する。その分野に製造現場で働いていた人たちのコストを持ち込めば、福祉のシステムが確実に財政破綻を招来する。これは経済学者野口が気付いていなければならないことだと思うのだが…私はコストアップを抑える手段はヨーロッパ諸国同様外国人労働者の導入しかないと考えている。
ということで私は「やはり野口は日本の進路についての有効な処方箋を提示していない」という結論に到達するのである。
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/07/15/5220305
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/07/15/5220306
で、野口悠紀雄の近著「経済危機のルーツ」についてあれこれ書いたが、その中で
< 日本の進路を切り拓く処方箋として抽象的に「教育投資」という以外書いていない >
と書いた。野口悠紀雄づいたところで野口が今年上梓したもう一冊の一般向けの本である「世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか」(それにしても長い題名ですねぇ)を読んだところ、「日本が進むべき道は何か」と言う最終章があり、「処方箋」という目で読むとその中の「新興国シフトは自殺行為」「内需主導型の経済へ」「介護における雇用創出プログラム」に彼なりの処方箋が書かれている。ただいずれも具体性や現実性に欠けるというのが実感だ。
「新興国シフトは自殺行為」
ここでは発展途上国内の需要を求めて海外に生産拠点を求めるのではなく、発展途上国の安価な労働を活用しながら「適切な」国際分業を進めるべきだというのが彼の言い分だ。
ヴィトンやプラダ等ヨーロッパの有名ブランドの一部のバッグは発展途上国の安価な労働を使って製造されており、にもかかわらずヴィトンやプラダのブランドをつけてブランドオーナーに対して多大の付加価値を生む価格で(別の言い方をすれば暴利をもたらす値段で)ブランドショップの店頭に並んでいる。
アップルのiTuneやiPhoneなども、コンセプトこそはアメリカのカリフォルニアのアップル本社で企画されるが、部品にしてもそれを組み込んだ本体にしても製造は完全にアップル本社以外に外注されている。ソフトバンク価格\48,800、アメリカのアップルストアで$499のWi-Fiのみの16GBモデルのiPadの製造原価は$230~270と見積られている。まあデパートで並ぶ商品の仕入値は店頭小売値の半分くらいだからiPadそのものの値段が暴利だとは言えないが、iPadの場合アップルの利益はiPadを売った段階でオシマイというわけではない。ちょっと考えただけで:
1. アップルストアから世界中で作られているapps(日本ではアプリ)といわれるiPad用の認定ソフトを買う度にアップルにお金が落ちる仕組みになっており
2. 更にアプリは通信回線を通して送信されてくるので、モノを流通させる手間が省ける分だけ利益率が高いし
3. 更にアプリ上にiPadのために最適化された広告を流せばアップルに広告料収入が入る
というようになっている。このようなアップルの収益モデルは野口の言う日本が進むべき「適切な」国際分業の代表格だろう。ちなみに任天堂のゲーム機のビジネスモデルはまさにこれと同じもので、野口は任天堂については「日本の企業のあるべき姿」として高い評価をしているはずだ。
しかし私が「適切な」の部分にカッコをつけたことに注意してほしい。「何が適切なのか?」の解を出すのはそんなに簡単なことではない。
一般的にいって日本のメーカーが自分の製品を差別化したりすることで高く売る技術が欧米のメーカーに比べ得手でないことは事実だが(自己主張がうまくできない日本人がやっている企業が対外的に自分の製品について強く主張できないのは一種の性なのだろうか)、企業が任天堂やアップルのような高付加価値モデルに転換するためには企業の構成員全体の意識改革に始まって相当なエネルギーが必要だ。「日本の進路についての処方箋 (1/2)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/07/15/5220305
で書いたように野口は意識改革をもたらす手段を「教育投資」と片付けているが、そもそもどのような教育投資をするのかの処方箋がかかれていない。「教育投資とは進学塾を作ることではない」ということは多くの人の賛同を得られるだろうが、そこから先の議論のベクトルが甲論乙駁でまったく収斂しないのが現在の日本の問題なのだ。
私が「故森嶋通夫の著作を読む—「小国日本の歩むべき道」再論 (2/2)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2010/02/17/4885272
で結局「語学教育」「大量の留学生の受け入れ」「外国人労働者の受け入れ」を一つの解として示したのは、そこでも書いたように、時間をかけて日本人の考え方が収斂するための環境づくりの必要性を痛感するからだ。
「内需主導型の経済へ」
は、「雇用や過剰設備の本格的な調整が日本経済にとっての今後の大きな課題だが、それは産業構造の転換なしには実現できない。とりわけ重要なのは、製造業で過剰になっている労働力を吸収できる産業をつくることだ。」(「世界経済が…」p. 249)という一文が暗示するように、その次の「介護における雇用創出プログラム」につながる部分なので、「介護における雇用創出プログラム」と言う暴論を野口がまだ書いていない段階で、一般論としてこの一文について「私は特に異存がない」というに留めておく。
「介護における雇用創出プログラム」
まで来ると、やはり野口の処方箋は現実味がないと言う気がしてくる。製造現場で人が余っているから、余った人たちに適切なトレーニングを施し、介護現場の雇用条件をよくして彼らを介護現場に送り込め、と言うのが彼の提案だ。これはまったく現実性を欠く。
まず野口が「わかっていない」と思われるのは「人には金を積まれてもやりたくない仕事がある」ということだ。外国人労働者を受け入れたヨーロッパの経験を見ても、外国人労働者はまず地元の人間が金を積まれてもやりたくない職場から入る。これらの職場は通常は3K職場だ。多少雇用条件をよくしても、地元の人はそのような現場によりつかないからだ。また雇用条件を「多少」以上にいじることは社会的な通念から言って許容されにくい(この点日本のほうが、欧米に比べて「職業と収入のバランスに関する社会通念が或いはゆるやかなのかもしれない」と言う議論はさておく)。我々は「介護職にはこのような3K職場としての側面がある」ことを冷静に直視しなければならない。ヨーロッパの介護現場は外国人労働者なくしては成り立っていないのだ。
もう一つ彼がわかっていないことは「人には向き不向きがある」ということだ。工場でそれまで機械を相手にしてきた人に多少のトレーニングを施しても、介護という極めてパーソナルなサービスを提供する産業に勤められる人になれるとは限らない。
最後にもう一つ。これから日本の介護に対する需要は社会の高齢化と共に確実に高まる。従いこの分野に支出される費用も確実に上昇する。その分野に製造現場で働いていた人たちのコストを持ち込めば、福祉のシステムが確実に財政破綻を招来する。これは経済学者野口が気付いていなければならないことだと思うのだが…私はコストアップを抑える手段はヨーロッパ諸国同様外国人労働者の導入しかないと考えている。
ということで私は「やはり野口は日本の進路についての有効な処方箋を提示していない」という結論に到達するのである。
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