若いってすばらしい2011/06/13 00:53

世界中のロータリークラブの上納金を集めたロータリー財団The Rotary Foundationという組織がアメリカのシカゴの北郊エヴァンストンにある。ロータリー財団は世界中のポリオ(小児麻痺)の撲滅を始め種々の活動をしているが、世界平和の実現というのが大きな目標のひとつで、その一環で世界の5大学(2012年度からは一大学増えて6大学になる)に資金を提供して平和学専攻の修士課程を設置している。日本の国際基督教大学(ICU)はその5大学の一つで、ICU にはロータリー平和センターという受入組織がある。プログラムに参加する学生は世界中で募集されている。ロータリークラブの会員(ロータリアン)が学生のホストファミリーになったりしているが、2002年のプログラム設立当初 ICU にやってくる留学生を収容する寮が不足していたときは貸アパートを保有するロータリアンがアパートを提供したりと、関東地区のロータリークラブはプログラムの設立当初から手分けしてこの ICU の平和学プログラムのサポーターとして活動している。

ICUの平和研究プログラムは2学年にわたるもので、例年6月に卒業予定の学生が世話になったロータリアンに対し研究成果の発表会を行う。私はロータリアンではないが縁あって6月11日にこの発表会に参加するチャンスがあった。8名の学生が発表を行ったが、そのなかで私がベストと感じたのはブラジル国籍のユダヤ人の学生ユリ・ハースYuri HaaszによるMoving Away from
Zionism: Reflections on Identity Change among Israeli and Diaspora Jews, and the Irsaeli-
Palestinian Conflict(シオニズムからの脱却:イスラエル在住ユダヤ人及びディアスポラ在住ユダヤ人のアイデンティティー変容及びイスラエルーパレスチナ紛争の考察)という発表だった。私がイスラエルという国の存在に対してどのように考えているのかは「Helen Thomas -- アメリカにおける言論の自由の限界」 を見ていただければ一目瞭然だ。そのような私のバイアスではないかと思って、列席していたICUの教授を始めとする他の参加者の印象も確認したが皆同じ印象だった。「誰が見ても良いものは良い」ということだと思う。

ハースはイスラエルで生まれ育ちいわばシオニズム漬けの愛国少年として育った自分が、シオニズムを否定し、イスラエルによるアラブ人に対する圧政を否定する様になった過程を振り返る。そして、真実を直視することによってのみイスラエル建国の理念であるシオニズムからの脱却が可能なのであり、シオニズム脱却によってのみアラブ諸国との和解が可能なのだという結論(むしろ仮説というべきだろう)を導き出していた。イスラエルの中には現在のイスラエルのあり方に批判的な人々が存在していることは認識していたが、その当事者と会ったのは初めてのことだ。

発表会の後の懇親会でハースともう少し話をした。彼によればエルサレムに行くとブッツェレムB'TselemなどのNGOが真実発見ツアーtruth finding tourというものを実施していて(この資金源は誰なのだろう?)、半日程度のそのツアーに参加するとイスラエルがアラブ系の住民に対していかに理不尽なことをやっているのかがわかるという。ツアーの参加者はイスラエル内外のユダヤ人と外国人が半々くらいで、参加するユダヤ人の多くはシオニズムの意義を疑うような深いショックを受けるという。もっともこういうツアーが堂々と存在すること自体、イスラエルには一定以上の言論や思想の自由が存在していることの証左であり、言論の自由、否場合によっては思想の自由すら存在しないアラブ諸国とはエライ違いだ。

しかし、もしシオニズムに疑問を抱くユダヤ人が増えたとしても、イスラエル最大のサポーターであるアメリカがイスラエルの方向転換を許すのだろうか?つい先月もイスラエルのネタニヤフ首相はアメリカの上下両院総会で、一説によれば29回ものスタンディング・オベーションを受けながらイスラエルのレゾン・デートルをブチ上げている。29回もスタンディング・オベーションという熱狂的な歓迎を受けられるかどうかは知らないが、連邦議会で歓待を受けられるのは後イギリスの首相くらいなものだ。

アメリカの連邦議会議員がこのような行動を取るのは、ひとつには彼らの多くがThe American
Israel Public Affairs Committee (AIPAC、アメリカ最大のイスラエル支援のための政治ロビー)を始めとする親イスラエル・ロビーから政治資金を含め強力な支援をうけているからだ。強力な支援すなわち利権と考えても良い。アメリカもイスラエルもひとつの理念に基づいて組成された人工的な国だが、そのような共通点をもつものどうしの連帯感といったものもあるだろう。アメリカの場合更に厄介なのは、国内に聖書に書いてあることをそのまま信じ、進化論を排斥するようなキリスト教徒が政治に影響を与えるくらいの数で存在し、議員は彼らのアラブ嫌いにも配慮する必要が有ることだ。29回のスタンディング・オベーションの背景にはこのような要素があることを理解する必要がある。

また建国の理念の変更など、日本の第二次世界大戦の敗戦のような大敗戦を契機としないと不可能なはずだ。

ハースにこれらの点も指摘すると彼も同意見だった。そして同意した上で「しかし自分はこれまで世界史上類例のない平和裡の建国の理念変更に挑戦したいのだ」と言って口元を引き締めた。その発言に私は青年の理想と心意気をみた。若いことは素晴らしいことだ。中東地域における平和実現のために願わくば彼の努力が報われんことを祈ってやまない。


[シニカルな大人の感想] ハースの発表を額面通りに受け取れば上記のような感想になるが、その実ハースのようにシオニズムを否定している人の中には「シオニズムの敵」を予め確定し必用に応じてサボタージュするする目的で潜入している優秀なイスラエルの情報機関員がいるはずだ。ハースがそのような存在ではないとの保証はどこにもない。もうひとつヒネクレタ感想を書くと、ブッツェレムのようなNGOの活動資金は存外そろそろイスラエルから足を洗いたいアメリカのどこかから出ているのかもしれないとの「深読み」もできる。これなどは田中宇あたりに受ける分析だろう。

[ハースの発表を聞いて知的情熱を触発された大人の感想]  「第二次世界大戦開戦
70周年--なかなか許してくれない国」
で、私は日中関係の修復には第二次大戦後の独露関係修復の過程を並列して検討する必要を書いたが、私自身関心をもつ一市民as a concerned
citizenとしてロータリーの平和プログラムに入ってこの点をもっと深く研究してみたいという気持ちに駆られた。

[世界の富豪ランキングで1、2を争うマイクロソフトの創始者ビル・ゲーツがいかに超ド級の金持かというはなし] 前述のようにロータリー財団の進める重要なプログラムに全世界のポリオ撲滅がある。 ロータリーのポリオ撲滅活動についてはビル・ゲーツが私財を投入して設立したBill & Melinda Gates Foundation(Melinda Gatesはゲーツ夫人)が3.55億米ドルの寄付を申し出ている。ただし上記のウェブサイトを見るとこれには以下のような条件が付いている:

 ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団から2度にわたり授与された総額3億5,500万ドルの補助金に
 応え、ロータリーがそれに上乗せするための2億ドルを集めるというものです。ロータリーは、こ
 の2億ドルの目標を2012年6月30日までに達成しなければなりません。

ロータリアンはそれぞれの地域のそれなりに裕福な市民の集まりだ。ロータリーのウェブサイトによれば全世界には120万人のロータリアンがいる由だが、その彼らが懸命に努力して集める2億ドルを凌駕する3.55億ドルをゲーツ1人の私財で設立されたゲーツ財団はいとも簡単にポンと出すわけだ。アメリカ式の所得の分配の仕方の問題を考える際や、Windows PCを起動してOfficeやOutlookを立ち上げる際やXboxでゲームソフトを動かす際、この巨大な格差のことに思いをはせるべきだろう。


水のなるほどクイズ2010