The Red Corridor(赤い回廊)2009/12/22 01:40

インド亜大陸東側の内陸部の南北千数百キロ余りのベルト地帯はRed Corridor(赤い回廊)と呼ばれている。この地域ではNaxaliteナクサライトといわれる極左勢力による武力闘争が活発で、しばしば地方政府や警察との衝突を繰り返している。「インドの総選挙結果」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/05/19/4313326
でも書いたように、彼らの活動の結果総選挙がきちんと実施できない地域がでたりしている。

ナクサライトは1967年に西ベンガル州北部のNaxalbariナクサルバリ村でおきた農民運動にインド共産党の左派分子が主流派から分裂して加担し、そのまま先鋭化したものだ。その後、この種の運動にはよくあることだが、組織は分裂を繰り返している。多くのグループは毛沢東主義を標榜しており、中国の対外秘密工作機関である国家安全部が複数のナクサライト組織を援助していると推定されるため、インド政府がナクサライトの鎮圧に動く事情は十分に理解できる。

現在インド政府はNaxalite鎮圧のためOperation Green Hunt(緑の狩作戦)と言われる作戦を展開している。この作戦が大々的に実施できるようになった背景は隣国パキスタンがインドとの国境沿いに展開していた兵力の一部をタリバン勢力との戦いのため同国北西部に移動した結果、インド軍も兵力の展開を見直すことができるようになったからだ。「パキスタンはfailed stateか?(2/2)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/15/4245648
でも書いたが、パキスタンはインドを想定敵国のトップにすえているので、伝統的に主たる兵力を東部戦線(つまりはインド国境沿い)に展開している。その兵力の一部が移動したのだ。

赤い回廊の問題は単に極左運動とインド政府の対立という次元では捉えられない。そもそも何でこのような極左運動が40年以上も継続できるのかというところから問う必要がある。少し寄り道になるがインドの先住民の話から説き起こそう。

インドの総人口の約8%強がAdivasiアディワシと総称される人々だ。アディワシはインド亜大陸の原住民であるとされるが、以下で説明するように厳密には「原住民」と言うよりは今のインドの主流の人種の一足先にインドにやってきた先住民という感じだ。

原住民とか先住民とか言う以上、インドにはいろいろな人種や民族が流れ込んでいる。インド亜大陸部(地図で見ると逆三角形になってアジア大陸から半島のように突き出ている部分)の原住民はNegritoネグリトと言われる肌色が濃く縮毛の人々とされ、彼らの後から肌色が濃く直毛のAustraloidオーストラロイド人、同じく肌色が濃く直毛のDravidiansドラビッダ人(南インド4州を中心に住む人々)、肌色が薄いAryansアーリア人(北インドを中心に住む人々)の順で入ってきたと言うのが一般的な学説だ。

ネグリト人は人類学上はいわゆる黒人とは異なり、マレー半島やフィリピンにも存在しているが、オーストラリアのアボリジニとの関連については学会での議論の決着がついていない。インドのネグリト人はもはやインド洋上の孤島アンダマン・ニコバル諸島に少数の部族が残存するだけとなっている。現在のアディワシの主体はオーストラロイド人だ。

尚、この三つの人種の進入があまり進まなかったインド東部の州(地理的にはバングラデシュシュ以東のインド)には我々日本人と姿形が類似するにモンゴロイド人が住み着いており、この地域では今日に至るも原住民の比率が高い。その昔文化人類学者の中根千枝女史が日本社会との対比で研究したのはこの地域で、この地域の一部では日本の納豆と同じものが日常に食されている。

アディワシはインド憲法The Constitution of India第244条の(1)に規定される別表第5によって自治や居住地を保証されているが、「中国とインド(2/2)」
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/10/09/4623639
で説明したようにインドは連邦制をとっており、各州には相当の自治権があるため、州ごとのアディワシ保護に対する取り組みには相当の濃淡がある。

アディワシの一部は開発の手が及んでいない森林地帯などに住み、狩猟、採集、小規模な焼き畑農業などに従事しているが、NGOなどと組んで組織化され紅茶栽培などに従事している部族もある。総じて言えば、多くの少数民族の例に漏れず、主流の民族の影で偏見や差別や圧迫を受けながらひっそり暮らしている。

圧迫の最たる例が彼らの住む地域の略奪だ。インド憲法は大統領が国会の議決に基づきアディワシのScheduled Area占有地を改廃することを認めている。占有地があまり経済的な利用価値のない不便な地である限りアディワシの権利が脅かされることもないが、いったんその地に鉱物資源があると認められたりして土地の利用を画策する資本家がでてくるとアディワシにとっては厄介なことになる。資本家と関係の深い国会議員が動き回って国会で占有地廃止を可決したり、更に手っ取り早く暴力を使ってアディワシを占有地から追い出すという手を使って、アディワシの権利が踏みにじられる事態となる。アディワシの間には、このような圧迫を受けてきたことに起因する根強い公権力に対する不信がある。

アディワシ側の不信が、主流の住民との対立に発展するための起爆剤は大きく言って三つ存在する。

ひとつはアディワシに積極的に布教活動を行うキリスト教(特にプロテスタントの宗派にこの傾向が強い)とその結果増え続けるクリスチャンのアディワシと、そのことを快く思わないヒンズー教を信仰する大多数のインド人との間の緊張だ。元々クリスチャンのアディワシ、固有の宗教を信仰するアディワシ、ヒンズー教徒の他のインド人、といった複雑な対立の構図が存在しているところに、最近火に油を注ぐようにヒンズー教徒の間でHindutvaヒンドゥトゥヴァと言われるヒンズー教至上主義の動きが顕著になってきており、キリスト教徒が多いアディワシとの対立が先鋭化することになる。

もうひとつはナクサライトがアディワシの状況に着目し、アディワシに対する圧迫が顕著な地域でアディワシ社会に入り込んでいる事実だ。前述のナクサライトが活動する赤い回廊と「現に圧迫を受けている」とされるアディワシの住んでいる地域とがかなり重複しているのはこの間の事情によるものだ。政府は緑の狩作戦の成果として「ナクサライト○○人を殺害」と言った戦果が発表する。しかしその戦果のなかにはナクサライトとは無関係な無辜のアディワシがこの中に多数含まれていることは認識しておいたほうが良いだろう。

三つ目は最近のインドの経済発展に伴う資源開発や工業用地確保の必要性の拡大だ。これまで人が見向きをしなかったアディワシの居住地に最近鉱物資源がみつかったりしている。

このような背景から赤い回廊地帯では、ナクサライトの活動の活発化、軍による鎮圧作戦、巻き添えとなるアディワシ、彼らの軍に対する反目とナクサライトへの支持、更なる軍の鎮圧作戦と言う負の連鎖に陥っていると言える。

最近参加したインド投資セミナーで講師が盛んにインドの中小都市への投資を呼びかけていたが、中小都市のうちいくつかはまさにこの赤の回廊内にあるか、隣接しているかなので、中小都市への投資を考える場合このようなセキュリティー面からの検討も必要だ。

インドが経済発展を続ける過程で、社会の底辺に位置しているアディワシや非カースト層が自らの権利に目覚める一方、社会の主流層の側からアディワシ社会に対する圧迫が更に強まる構図はインドの政治的なリスクとして現実に存在している。

インド政府には武力鎮圧に走る前にその背景にあるこれまでの行政の、社会の弱者に対する無策を十分に反省し、武力による弾圧よりは、アディワシの間に蓄積された不満の解消のための社会経済的な政策に注力することを期待したい。

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