西ヨーロッパにて2009/07/27 22:21

西ヨーロッパの空港に着陸する前に近づいてくる地上を見ると、日本と大きく違う点は「都市・町」と「畑や森」の部分が判然と分かれていることだ。「建物の数が徐々に増えて、緑が少なくなってそしていつの間にか『都市・町』になる」日本とは違う。「都市・町」と「畑や森」にはそれぞれ明白に異なる論理や秩序があり、その秩序に基づいて西ヨーロッパの地形が形成されているのが空から見る土地の姿に表れている。

地上で見ればそれはいっそう明白だ。汽車やバスで西ヨーロッパを通過していれば、日本のようになんとなく家の数が増えていって町になるということがなく、ずっと畑や森の中を走っていて突然町に入る。

私は大学では経済史のゼミに在籍していた。指導教授は西洋近代経済史が専攻で、如何に西ヨーロッパの、なかんずくイギリスの近代化が歴史上実現しえたのか、と言う点についてはマックス・ウェーバーの考え方を基礎とした明白な考え方をもっていて、私も少なからずその影響を受けた。従い、上記のような目で西ヨーロッパの地形を見るのは或いは日本人としては特殊なものなのかもしれない。事実大方の日本人にそのことを指摘してもピンと来る人は少ない。「日本がそうなるのは耕地が少ないからでしょう」とかいったピントはずれな反応をされるのがオチだ。

しかし少し勉強すれば、ヨーロッパの行政組織や土地の利用に関する法律をみれば、歴史的な背景もあって明白に「都市・町」と「畑や森」が分かれて組織され、規制されていることがわかるし、それがヨーロッパの人々の考え方に根付いていることがわかる。この現象にはそれなりの理由があるのだ。

このような考え方の結果形成されていった「都市・町」には強い自治の観念があり、その自治精神の現われが美しいベニスをもたらした、というのは’60年代に一世を風靡した羽仁五郎氏の著作「都市の論理」の説明だが、現在の状況はいささか異なる。と言うのは西ヨーロッパの地方自治体選挙の投票率ははかばかしいものではなく、お世辞にも都市の住民が地方自治に強い参加意識を持っているとは思えないからである。

以前その点をあるイギリスの市長に尋ねたら「自分もcivic pride(都市住民としての誇り)と地方自治への関心がどうして両立しないのか不思議に思うが、地方自治とは家の前の道路の補修とか、ゴミの回収とか、誰が担当していてもやらなければならないサービスの集積なので、住民の地方自治への参加意識が低いのだと納得している」といった趣旨の回答を得たことがある。

むしろ西ヨーロッパの「都市・町」と「畑や森」の形が維持できているのはこれを維持する制度が存在していることと、その制度を社会の一つの前提として考える人々の意識が存在しているからだと考えるべきであろう。

ところで現在の西ヨーロッパには合法、非合法の移民や外国人労働者が多数入り込んでいる。西ヨーロッパの大都会でなくても良い、地方の中小都市で良い。街を歩いてみれば人の肌の色や髪の色が日本の都市よりはるかに多様であることに気がつくだろう。このような人々を受け入れ、その一部が合法的な移民として、国籍も取得して西ヨーロッパの社会に組み込まれているのだ。彼らの多くは当然異なる「都市・町」や「畑や森」の論理を持っている。彼らの数が少ないときは西ヨーロッパの「都市・町」と「畑や森」を峻別する論理は変わらないだろう。しかし、そのような彼らの数が増えてくるとそうは行かない。その際、西ヨーロッパの「都市・町」と「畑や森」を峻別する論理は当然変容せざるを得ない。そのような変容を経た後の、我々の子孫の頃の西ヨーロッパの「都市・町」や「畑や森」はどうなるのだろうか?

先般の西ヨーロッパに出張した際そういうことを着陸予定地の上空を旋回する飛行機の中で考えていた。

スリランカのタミル人難民の状況について2009/07/27 22:37

[この記事を読む前に、この問題について書いた以下の記事をあらかじめ読んでおいていただければ幸甚です]

スリランカのこれから
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/04/22/4259902
スリランカ政府の戦勝に当たって
http://mumbaikar.asablo.jp/blog/2009/05/20/4314398



スリランカ北部のタミル人難民キャンプに一時避難している人たちを、彼らの元の居住地に戻すresettlement(復帰作業)が遅々として進んでいない。最近の報道によればラジャパクサ大統領は遅れに対して

<難民の中に隠れているLTTE関係者の峻別作業に注意を要するからだが、年内には復帰作業が完了する>

と説明している。

これを読んでいると、先般のイギリス出張で出席したある国際的な会合で出会ったスリランカ政府高官(シンハラ人)氏との会話を思い出した。会合が一段落した際の懇談会でお互いビールやつまみを片手にしながらの会話だ。彼の名刺を見ると勤務先はタミル人のスリランカ社会復帰に関係する立場にあるようだ。

高官氏からひとしきりLTTE支配地域におけるタミル人の社会復帰のシステムについて説明があってからの会話:

私: LTTE支配地域から出てきたタミル人のうちで、戦闘員と非戦闘員をどうやって峻別するのですか?(これは「避難民が難民キャンプにたどり着くと一部の避難民が問答無用で別のキャンプに連れ去られ行方が知れなくなる」という欧米の人道援助機関の批判を意識した質問)

高官氏: 我々にはシステムがあります。避難民をLTTEトップ層、Middle level(中間層)、Footsoldiers(歩兵レベル)、General public(一般市民)に峻別し、トップ層は法的措置の対象となり、中間層と歩兵レベルは別なキャンプに送ってdebriefing(情報聴取)のうえreeducation(再教育)を施します。

私: しかしトップ層は今回の戦闘ですべて死亡しているのではないですか。

高官氏: 確かにそのとおりです、マレーシアに逃げている1名を除いて。

私: どうやって中間層や歩兵レベルを峻別するのですか?

高官氏: 既に捕まっているLTTEの戦闘員がいます。彼らから同志の名前を聞いており、それに基づいて避難民の中からピックアップするのです(タミル人には姓がない。また名前は神様の名前を使っているので同じ名前になりやすい。同名の人物の場合は良い迷惑だ。大体人は拷問を受けたりすれば、親兄弟でも名指しにすることが多い)。

私: 一定のシステムに基づいて戦闘員を峻別していることはわかりました。ただ、社会復帰は大変な作業ですね。

高官氏: まったくそのとおりです。しかし私はthe victor has to be humble(勝者は謙虚でならなければならない)と考えています。集会などで発言する機会があるときはその趣旨の話をしています[ここで高官氏はパーリ語仏典の一説を暗誦した。「すべての相手に対して慈悲の心を持ってあたれ」と言う趣旨の内容だそうだ。教育のあるスリランカの仏教徒はこのようにサッとパーリ語仏典からお経の言葉を引用できる]。

私: それは同じ仏教徒としてまったく同感なのですが、スリランカ仏教界はそのような考えを持っていないのではないでしょうか。

高官氏: まったくそのとおりで困ったものです。仏陀は寛容や慈悲を教えているのですが、タミル人に対しては仏教界の長老からはまったく寛容とか慈悲とかいった声が聞こえてきません。どうしてそうなのか私にもわかりかねます。

私: 教育のない人たちは仏僧の説法を聞いて動かされるでしょうね。

高官氏: そのとおりなのです。

タミル人避難民に関する会話はこれ以上続かなかった。

水のなるほどクイズ2010